今日から俺、忠勝
翌日、2年A組の教室。
恒一は、静かに席に座っていた。
(……考えた)
昨日のこと。
「弱そう」
思い出す。
(いやまあ)
(言ってることはわかる)
認める。
(でも、このままはよくない)
対策は必要だ。
(名前が弱そうなら)
一つ、答えにたどり着く。
(強い名前にすればいい)
シンプル。
完璧。
ゆっくり立ち上がる。
「……なあ」
基樹に声をかける。
「ん?」
「今日から俺のこと」
間を置いて。
「忠勝って呼んでくれ」
「……は?」
「本多忠勝の?」
「そう」
「強そうだろ」
「いやまあ」
「だから頼む」
真剣。
無駄に。
基樹が顔をしかめる。
「……なんで?」
「必要なんだよ」
「何が」
「説得力」
「いらねえだろ」
即断、即決。
そこへ。
「なにしてんの?」
彩音。
後ろから覗き込んでいる。
「ちょうどいい」
恒一が振り向く。
「彩音も今日から俺のこと忠勝って――」
「無理」
「だって恒一でしょ」
「そこ変える必要ある?」
「ある」
食い気味。
「めちゃくちゃある」
「なんで」
「名前が弱そうだから!」
「……誰に言われたの?」
一瞬、詰まる。
彩音がにやっと笑う。
「あー」
「巴でしょ」
「……」
沈黙で肯定。
「それで忠勝?」
「そう」
「方向性おかしくない?」
「合ってる」
迷いがない。
基樹が小声で。
「だめだこれ」
――放課後。
グラウンド。
2年Aと2年B、それに他学年も混じるいつもの場所。
アップをしながら、恒一は周りを見渡す。
(……やるか)
覚悟。
二つのクラス全員に向かって大声で。
「今日から俺のこと忠勝って――」
「やだ」
「却下」
「なんで?」
「意味わからん」
数秒で皆から否決。
「なんでだよ」
「なんででもだよ」
笑いが起きる。
(……厳しいな)
そのとき。
「朝比奈」
振り向く。
2年B組の巴。
練習の合間にこちらへ来ている。
「なんで忠勝?」
「……強そうだから」
正直に言う。
巴の表情が、少しだけ変わる。
笑っていない。
「それ、軽く使うのやめて」
「……は?」
「簡単に名乗るものじゃないでしょ」
一歩、近づく。
「ちゃんとやってる人の名前なんだから」
「……」
言葉が出ない。
視線が、少しだけ落ちる。
(……怒られた)
はっきりと分かる。
巴はそれ以上何も言わない。
「朝比奈は朝比奈でいい」
それだけ残して、離れる。
少し離れた場所。
「……今の見た?」
基樹が肩を震わせる。
「見た」
彩音が小さくうなずく。
「普通に怒られてたな」
「ははっ……」
基樹、耐えきれず吹き出す。
「お前、自分からいってそれはないだろ」
グラウンド脇。
1年のスペース。
「朝比奈先輩」
ひよりが、少し遠慮がちに近づいてくる。
スポーツドリンクを差し出す。
「ありがとう」
受け取る。
少しだけ、迷う。
(……言うか?)
でも。
「……いや、いい」
やめる。
ひよりは首をかしげるが、
「はい」
やわらかく微笑む。
グラウンドに風が吹く。
恒一はドリンクを飲みながら、空を見る。
(……まあ)
(言ってることは正しい)
小さく息を吐く。
(軽く、か)
(じゃあ――)
(ちゃんとやるしかないな)
これで完全に整った。




