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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

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第49話 俺の名前、弱そうらしい

■グラウンド


 放課後。


 グラウンドの端。


 靴紐を結びながら、俺は顔を上げた。


(……なんか最近)


 視線を感じる。


 ちらちらと。


 こっちを見られている気がする。


 原因は、だいたい分かっている。


 あの二人だ。


 基樹と、彩音。


(あいつら、最近おかしくないか?)


 遠くのベンチの影。


 基樹と彩音が、なぜか二人でこっちを見ている。


 目が合う。


 すると、二人ともさっと視線を逸らした。


(……怪しすぎるだろ)


 何かを話している。


 こっちを見る。


 また逸らす。


 どう見ても普通ではない。


 少し考える。


 けれど。


(まあ)


 すぐに結論は出た。


(元から変なやつらだしな)


 それなら納得できる。


 基樹はまだ常識寄りだが、巻き込まれやすい。


 彩音は、そもそも楽しそうなことがあるとすぐ首を突っ込む。


 つまり、いつものことだ。


 むしろ。


(あれをまとめてる俺、けっこう凄くないか?)


 小さくうなずく。


(常識人って、やっぱ必要だし)


 軽く胸を張る。


 そのとき。


「朝比奈!」


 声に振り向く。


 巴だった。


 タオルを肩にかけたまま、こちらに歩いてくる。


 夕方の光の中でも、姿勢がきれいだった。

 走ったあとなのに、だらしなさがない。


 肩にかかった髪が、風で少し揺れている。


「ちょっといい?」


「おう」


 巴が隣に並ぶ。


 少しだけ、距離が近い。


「今日の走り、前よりよかった」


「そうか?」


「うん。踏み込みっていうか、最初の一歩が少し変わった気がする」


「道場のせいかな」


「かもね」


 巴が小さく笑う。


「うちの父、加減下手だから」


「あれ、下手ってレベルか?」


「下手」


 即答だった。


 思わず苦笑する。


「でも、続いてるのはすごいと思う」


「……そうか?」


「うん」


 巴は、まっすぐこちらを見る。


「朝比奈、逃げないから」


 その一言で、少しだけ胸の奥が揺れた。


 逃げない。


 それは、たぶん今の俺にとって、かなり嬉しい評価だった。


「まあ」


 少し照れくさくなって、視線を逸らす。


「強くなりたいしな」


「うん」


 巴が頷く。


「強い人、いいよね」


 その言葉で、ふと思い出す。


 本多忠勝。


 巴が好きだと言った、戦国武将。


(強そうなんだよな)


 本多忠勝。


 名前の時点で強い。


 忠義の忠。


 勝つ。


 分かりやすい。


 ずるいくらい強そうだ。


「なあ」


 俺は口を開いた。


「名前の話なんだけどさ」


「うん?」


 巴がこちらを見る。


「本多忠勝って、やっぱ強そうだよな」


「うん」


 即答だった。


「強そうっていうか、強いし」


「まあ、そうなんだけど」


「名前もかっこいいよね」


 巴が、少しだけ楽しそうに言う。


 やっぱりそうか、と思う。


 好きなものの話になると、巴の声は少しだけ柔らかくなる。


 目も少し明るくなる。

 それを見るのは、悪くない。


 そこで。


 少しだけ間を置いた。


「じゃあさ」


「うん」


「俺の名前ってどう思う?」


 一瞬、巴がきょとんとした。


「名前?」


「そう」


「朝比奈?」


「そっちじゃなくて」


「恒一?」


「おう」


 巴は、真面目に考え始めた。


 そんなに考え込むことでもない気がするが、巴はこういうところで適当なことを言わない。


 少し視線を上げて。


 少し首を傾けて。


 そして。


「なんか」


「うん」


「弱そう」


「……」


 風が吹いた。

 言葉が、少し遅れて刺さる。


「いや待て」


「うん」


「なんでだよ」


「なんとなく」


 悪気のない声だった。

 むしろ、かなり真剣に答えている。


 だから余計に刺さる。


「優しそうっていうか」


「おう」


「戦う感じしない」


「追い打ちやめろ」


「いや、悪い意味じゃなくて」


「弱そうは悪い意味だろ」


「そうかな」


「そうだろ」


 思わず言い返す。


 巴は少しだけ笑った。


「忠勝は、“勝つ”って入ってるし」


「……」


 確かに。


 強い。


 分かりやすく強い。


「恒一は」


 巴がもう一度考える。


「なんか、普通」


「普通ってなんだよ」


「普通は普通」


「それ、褒めてる?」


「悪くはないと思う」


「フォローになってねえ」


 苦笑する。


 巴も、ほんの少し笑っていた。


 そのまま、少しだけ沈黙が落ちる。


 夕方のグラウンド。


 風が、少し涼しい。


 遠くでは、部員たちが練習を始めている。


(……どうすればいいんだ、これ)


 名前は変えられない。


 今さら。


 恒一。


 自分では特に何も思っていなかった名前だ。


 強そうとも弱そうとも、考えたことがなかった。


 でも、巴に弱そうと言われると、妙に引っかかる。


(弱そうって言われたままなのもな)


 考える。


 少しだけ。


 真面目に。


(まあ)


 小さく息を吐く。


(強くなればいいか)


 シンプルに。

 それでいい気がした。


 名前が弱そうなら、中身を強くすればいい。


 巴が好きなのは、強い人だ。


 折れない人。


 負けない人。


 だったら、名前の印象くらい、あとから変えればいい。


「朝比奈?」


 巴が、こちらを見る。


「どうしたの?」


「いや」


 俺は立ち上がる。


「ちょっと走る気になった」


「今ので?」


「今ので」


 巴が一瞬きょとんとして、それからふっと笑った。


「変なの」


「弱そうって言った本人が言うな」


「でも、そういうところは弱そうじゃないかも」


「……それ、褒めてる?」


「たぶん」


「たぶんかよ」


 そう言いながらも、悪い気はしなかった。


 少し離れた場所。


 ベンチの影。


「……今の聞いた?」


 彩音が小声で言った。


「聞こえた」


 基樹がうなずく。


「自分から聞いてたな」


「しかも普通にダメージ受けてた」


「なのに走る気になってる」


「単純だね」


「単純だな」


 二人は顔を見合わせる。


 そして、小さく笑った。


「やっぱりだね」


「何が」


「まだ言わない」


「またそれかよ」


 基樹が呆れたように言う。


 彩音は、楽しそうにグラウンドを見るだけだった。


 グラウンド。


 俺は、何も知らないまま立っている。


 少しだけ考えながら。


(……とりあえず)


 靴紐を結び直す。


 軽く息を吸う。


(走るか)


 弱そう。


 普通。


 戦う感じがしない。


 その言葉が、頭の中に残っている。


 でも、不思議と嫌ではなかった。


 むしろ。


(見返してやるか)


 少しだけ、前を向けた気がした。

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