第48話 探偵、動く
■校舎裏
放課後の校舎裏。
基樹は、ベンチに座って腕を組んでいた。
(……やっぱり変だ)
頭の中に浮かぶのは、昨日の駅前で見た光景。
白石ひよりにそっくりな女子。
その隣を歩いていた男。
近い距離。
自然な空気。
どう見ても、ただの知り合いという感じではなかった。
(デート、に見えたんだよな)
でも、恒一の話では、ひよりは佐々木先輩のことが好きらしい。
“こういちさん”。
佐々木光一。
陸上部の部長。
恒一の中では、それで全部つながっている。
けれど。
(本当にそうか?)
駅前で見た男が佐々木先輩なのか、基樹には分からない。
そもそも、あの女子が本当に白石ひよりだったのかも、はっきりしない。
似ていた。
かなり似ていた。
でも、どこか違う気もした。
その違和感が、どうにも消えなかった。
「――で?」
横から声がした。
基樹が顔を上げる。
彩音が、いつの間にかすぐ近くに立っていた。
「悩み相談?」
「違う」
「じゃあ事件だね」
「なんでそうなる」
彩音は、にやりと笑った。
「探偵・彩音に任せなさい」
「だから違うって」
基樹はため息をつく。
でも、ちょうど誰かに話したいと思っていたところでもあった。
恒一に話しても、あいつはもう自分の中で結論を出している。
彩音なら、少なくとも情報は持っている。
少しだけ迷ってから、基樹は口を開いた。
「……ひよりのことなんだけど」
「うん」
彩音の顔から、ふざけた色が少しだけ薄くなる。
「この前さ――」
基樹は、駅前で見たことを話した。
白石ひよりにそっくりな女子がいたこと。
隣に年上っぽい男がいたこと。
距離が近かったこと。
でも、本人だと断定できるほどではなかったこと。
恒一がそれを聞いて、佐々木光一先輩だと即座に結論づけたこと。
彩音は、黙って聞いていた。
途中で一度だけ、軽くうなずく。
それ以外は、口を挟まない。
話し終えると、彩音は少しだけ目を細めた。
「……で?」
「で、って」
「基樹の結論は?」
「分かんねえから悩んでるんだろ」
「だよね」
彩音は、あっさりうなずいた。
「私も同じ」
「……は?」
「その話、恒一の言ってる方は違うと思う」
迷いなく言う。
基樹は、小さく息を吐いた。
「やっぱりか」
「理由は簡単」
彩音が指を一本立てる。
「情報が少なすぎるのに、あいつだけ結論出してる」
「……」
「そういう時の恒一って、大体ズレてる」
断言だった。
妙に説得力がある。
「あと」
彩音が、もう一本指を立てる。
「“こういちさん”ってだけで佐々木先輩に結びつけるの、雑すぎ」
「確かに」
基樹は思わず頷いた。
「でしょ?」
彩音が満足そうに笑う。
「しかも、ひよりちゃんが恒一を見て陸上に興味を持ったって話を、本人が完全に陸上の話として処理してるんでしょ?」
「ああ」
「それも怪しい」
「だよな」
「だよ」
彩音は、楽しそうに腕を組んだ。
「というわけで」
一歩、前に出る。
「この件、調べる価値あり」
「おい」
「久々の案件だね」
「案件にするな」
完全にスイッチが入っている。
基樹は嫌な予感がした。
「……勝手にやるなよ」
「もうやる」
「早いな」
「こういうのは初動が大事だから」
「警察かよ」
「探偵です」
彩音は胸を張る。
基樹は呆れながらも、少しだけ安心していた。
少なくとも、自分の違和感が完全な気のせいではなさそうだと分かったからだ。
「で、何するんだよ?」
「まずは観察」
「接触は?」
「まだ」
彩音は首を横に振った。
「いきなり聞いたら警戒されるでしょ」
「誰が」
「白石ひよりちゃん」
迷いがない。
「あと」
少しだけ間を置く。
「恒一も」
「なんで恒一まで」
「一番ズレてるから」
さらっと言う。
基樹は苦笑した。
「まあ、否定できねえな」
「でしょ?」
彩音がにやりと笑う。
「ひよりちゃんが本当に誰を見てるのか」
「駅前の子が本人なのか」
「その男が誰なのか」
「そして、恒一がどこまで外してるのか」
指を折りながら、順番に並べていく。
「最後の必要か?」
「一番大事かもしれない」
「ひどいな」
「でも否定できないでしょ」
「できねえな」
二人して、少し笑う。
その時点で、基樹はもう巻き込まれている気がした。
というか、たぶん巻き込まれている。
彩音は軽く伸びをした。
「――面白くなってきた」
小さくつぶやく。
基樹が、呆れたように肩をすくめた。
「俺、巻き込まれる気しかしねえんだけど」
「気のせいじゃないよ」
「否定しろよ」
彩音は一歩、前に出る。
そして、振り返った。
その顔は、完全に楽しんでいた。
「助手」
「誰が助手だ」
「ついてきなさい」
「だから誰が助手だ」
即答する。
でも。
基樹の足は、自然と動いていた。
気になるものは、気になる。
恒一の結論も。
白石ひよりに似ていた女子も。
駅前の男も。
全部、どこか噛み合っていない。
その噛み合わなさが、どうにも気持ち悪かった。
こうして。
探偵彩音の活動は、静かに始まった。
本人はかなり楽しそうで。
助手にされた基樹だけが、少しだけ嫌な予感を抱えていた。




