第47話 完全に把握した
■駅前
夕方の駅前。
基樹は、ふと足を止めた。
「……は?」
視線の先。
人の流れの中に、見覚えのある顔があった。
白石ひより。
……に、見える。
小柄で、雰囲気も似ている。
髪型も、横顔も、かなり近い。
けれど。
(……あれ?)
何かが少し違う気もした。
基樹は、思わず目を細める。
その隣に、男がいた。
制服ではない。
私服。
年上っぽい。
並んで歩いている距離が、妙に近い。
無理に近づいている感じではない。
自然に、そこにいる距離。
話しながら歩いて。
少し笑って。
また並んで進む。
(いや)
(白石って、こんな感じだったか?)
基樹の知っている白石ひよりは、もう少し静かで、控えめな印象だった。
もちろん、親しい相手の前では違うのかもしれない。
そう考えれば、別におかしくはない。
(なんか、違う気もするんだよな)
顔は似ている。
かなり似ている。
けれど、確信が持てない。
追いかけて確認するほどのことでもない。
それに、もし本人だったとしても、声をかける場面ではない。
基樹は、そのまま二人を見送った。
人混みに紛れて、二人の姿が見えなくなる。
「……なんだったんだ、今の」
小さくつぶやく。
妙な引っかかりだけが残った。
■校舎裏
放課後。
校舎裏のベンチ。
いつものように、恒一と基樹が並んで座っていた。
部活までの短い時間。
風が少しだけ冷たい。
「なあ」
基樹が口を開く。
「ん?」
恒一が顔を上げる。
「昨日、駅前でひよりっぽいやつ見たんだけど」
「ひよりっぽいやつ?」
「ああ」
基樹は、少しだけ眉を寄せる。
「白石にかなり似てた」
「どこで?」
「駅前」
「一人で?」
「いや」
基樹は、少し言いづらそうに続けた。
「男と一緒にいた」
恒一の動きが、ほんの一瞬だけ止まる。
けれど、それは本当に一瞬だった。
「ああ」
すぐに、納得したような顔になる。
「それ、多分佐々木先輩だわ」
「……は?」
基樹は思わず声を出した。
「なんでそうなる?」
「ひより、佐々木先輩のこと好きだし」
恒一は、あっさり言った。
迷いがない。
あまりにも自然に言い切るので、基樹の方が言葉に詰まる。
「いや、俺、その人知らねえけど」
「でも“こういちさん”って言ってたし」
「……」
「佐々木光一先輩は陸上部の部長だし」
恒一は、指を折るように説明する。
「ひよりは陸上部に興味持ってる。グラウンドも見てた。部長は佐々木光一先輩。つまり、そういうことだろ」
「……いや」
基樹は口を開きかけて、止まる。
確かに、筋は通っている。
恒一の中では。
けれど、昨日見た男が本当に佐々木先輩なのかは分からない。
そもそも、あれが本当に白石ひよりだったのかも怪しい。
(いや、なんか違った気がするんだよな……)
その違和感だけが、まだ残っている。
その時だった。
「――事件の匂いがするね」
横から声がした。
基樹が振り向く。
彩音が、いつの間にかベンチの背もたれに肘をついていた。
「いつからいた」
「最初から」
彩音は、にやりと笑う。
「最近その話、女子の間でもちょっと出てたし」
「……その話?」
「白石、最近ちょっと様子変わったよねって話」
彩音は軽く肩をすくめる。
「まあ、はっきりした噂ってほどじゃないけどね。なんか雰囲気変わったとか、前より明るいとか、その程度」
「情報早いな」
「拾えるものは拾っとくタイプなの、私」
「落とし物かよ……」
「そ、大事な落とし物」
彩音はそう言って、今度は基樹に視線を向けた。
「で?」
「で、ってなんだよ」
「容疑者はどんな男だったの?」
「容疑者じゃねえ」
「いいから証言」
完全に楽しんでいる。
基樹はため息をつきながらも、昨日見たものを思い出した。
「背は普通」
「うん」
「年上っぽい」
「うんうん」
「私服だった」
「ほう」
「で、距離が近かった」
彩音が、満足そうにうなずく。
「クロですね」
「断定すんな」
「じゃあ第二の可能性」
彩音が指を立てる。
「似てるだけの別人」
「それもあると思ってる」
基樹は頷いた。
「正直、顔はかなり似てたけど、ちょっと違う気もした」
「なるほど」
彩音の目が少しだけ鋭くなる。
面白がっている顔だ。
「第三の可能性」
「まだあるのかよ」
「双子」
「……」
一瞬、空気が止まる。
だが。
「ないな」
恒一が即答した。
「なんで」
彩音が聞く。
「聞いたことないし」
「それだけ?」
「それだけ」
恒一は、あっさり言う。
「それに」
少しだけ肩をすくめた。
「話、もう繋がってるから」
「繋がってる?」
「ひより」
恒一は、指を一本立てる。
「陸上部に興味を持つ」
二本目。
「“こういちさん”と言う」
三本目。
「佐々木光一先輩」
そして、軽く手を下ろす。
「はい、終了」
完全に納得している顔だった。
彩音が、じっと恒一を見る。
「……その自信、どこから来るの」
「普通に考えればそうだろ」
迷いがない。
基樹は、少しだけ視線を落とした。
「……俺、間違ってたかもしれないな」
小さくつぶやく。
恒一が軽くうなずく。
「まあ、そういうこともあるだろ」
落ち着いた声。
そして、ほんの少しだけ得意げな顔。
基樹はそれを見て、何かを言いかけた。
でも、やめた。
「……いや、もういい」
「なんだよ」
「何でもない」
彩音が、ふっと笑う。
「ま、いいや」
その顔は、まだ完全には納得していない。
むしろ、面白いものを見つけた顔だった。
「続報あったら教えてね、助手くん」
「誰が助手だ」
「第一発見者でしょ?」
「事件にすんな」
軽く笑いがこぼれる。
恒一は、空を見上げた。
(男、か)
一瞬だけ考える。
ひより。
駅前。
年上っぽい男。
距離が近い。
でも。
(まあ)
すぐに収まる。
(佐々木先輩なら、そりゃそうだよな)
速いし。
強いし。
部長だし。
頼れる。
ひよりが惹かれる理由としては、十分すぎる。
(納得だわ)
引っかかりは、もうない。
(ちゃんと繋がったな)
小さくうなずく。
(こういうのは、整理できるかどうかだからな)
少しだけ、得意げになる。
(俺、わりと敏感だし)
風が吹く。
何も変わらない放課後。
でも、ひとつだけはっきりしたことがある。
(完全に把握した)
そう思っているのは。
たぶん、恒一だけだった。




