第5話 正面から聞いた方がいい話
二年A組の教室の隅で、恒一は彩音の前に座っていた。
彩音は昔から妙に人のことをよく見ている。そして今も。
「で、巴のこと知りたいんでしょ?」
完全に見透かされていた。
「……頼む」
恒一は素直に頭を下げた。
「いいよ」
「え、いいのか?」
「うん」
彩音はにこっと笑う。
「面白そうだし」
「理由が軽い」
「でも協力する気はあるよ」
そう言われると、何も返せない。彩音は誰とでも自然に話せるし、情報の回りも早い。こういう時は、正直かなり頼りになる。
「巴ね」
彩音は指を折るようにして話し始めた。
「まず、裏表はほとんどない」
「それは分かる」
「思ったことはそのまま言う」
「知ってる」
「勝負事が好き」
「それも知ってる」
「強い人が好き」
「……それも知ってる」
わりと知っていることばかりだった。
だが、彩音はそこで少しだけ目を細めた。
「でもさ」
「?」
「弱い人が嫌いってわけじゃないと思うよ」
「え」
それは初耳だった。
「巴が嫌いなのは、たぶん逃げる人」
「逃げる人」
「うん。勝負から逃げるとか、正面から来ないとか」
「……」
なんとなく、分かる気がした。
電車で見た時も、告白した時も、巴はまっすぐだった。雑なくらい、まっすぐだった。
「だから、コソコソ調べるより、本人に聞いた方がいいかもね」
「本人に?」
「そう」
彩音は軽く笑った。
「まあ、恒一は黙っててもそのうち突撃しそうだけど」
「否定できない」
「できないんだ」
彩音が楽しそうに笑う。
その後も、彩音はいくつか巴の情報を集めてくれた。
何が好きか。どんな時に機嫌がいいか。誰と仲がいいか。
ただ、聞けば聞くほど思う。
巴は、分かりやすいようで、かなり難しい。
◇ ◇ ◇
昼休み。
彩音は廊下で何人かの生徒と話していた。恒一に頼まれたことだったが、本人も少し楽しんでいるように見える。こういう人の流れを読むことが、彩音は昔から得意だった。
「ありがとね」
彩音が笑って相手に手を振った、その時だった。
「彩音」
背後から声がした。
振り向くと、巴が立っていた。まっすぐな立ち姿は廊下でもよく目立ち、その表情はいつもより少し真剣だった。
「なに?」
彩音はいつも通り明るく返す。
「最近さ」
巴が一歩近づく。
「私のこと、いろいろ聞いてない?」
直球だった。
逃げ場がない。
「……え、あー」
珍しく、彩音が一瞬だけ詰まった。
巴は責めるような声ではなかった。ただ、言いたいことははっきりしていた。
「聞かれるのが嫌なわけじゃない」
「うん」
「でも、コソコソされるのはあんまり好きじゃない」
強い言い方ではない。それでも意思はまっすぐだった。
「知りたいなら、直接聞いてよ」
それだけ言うと、巴は踵を返して歩いていった。
廊下に、少しだけ沈黙が残る。
「……やっちゃったね」
彩音が苦笑した。
◇ ◇ ◇
その話を聞いて、恒一は深く息を吐いた。
「ごめん」
「え?」
「俺が頼んだからだろ」
彩音は少しだけ驚いた顔をした。それから、ふっと笑う。
「いいって」
「でも」
「こういうのも経験だし」
軽く言っているが、その顔には少しだけ反省も見えた。
恒一はうなずいた。
「……なるほどな」
少しだけ分かった気がした。
巴は、やっぱりまっすぐな人間だ。だから、まっすぐ来ないものには気づく。そして、たぶん嫌がる。
でも逆に言えば。
(正面から行けば、ちゃんと見てくれる)
それは悪いことではなかった。
「彩音」
「なに?」
「ありがとな」
「ん?」
「色々、助かった」
彩音は少しだけ照れたように笑った。
「どういたしまして」
「じゃあさ」
「?」
「今度、何か奢ってね」
「……やっぱりそうなるか」
「当然でしょ」
二人で少しだけ笑った。
面倒をかけたし、たぶん少し失敗もした。それでも友達に頼り、失敗しながら、少しだけ前に進んだ気がした。
次は、ちゃんと自分で聞く
巴という人を知るには。
たぶん、それが一番早い。




