第5話 正面から聞いた方がいい話
二年A組教室
教室の隅。
俺――朝比奈恒一は、一ノ瀬彩音の前に座っていた。彩音は俺の幼馴染で、昔から妙に人のことをよく見ている。
そして今も。
「で、巴のこと知りたいんでしょ?」
完全に見透かされていた。
「……頼む」
俺は素直に頭を下げた。
「いいよ」
「え、いいのか?」
「うん」
彩音はにこっと笑う。
「面白そうだし」
「理由が軽い」
「でも協力する気はあるよ」
そう言われると、何も返せない。彩音は誰とでも自然に話せるし、情報の回りも早い。
こういう時、正直かなり頼りになる。
「巴ね」
彩音は指を折るようにして話し始めた。
「まず、裏表はほとんどない」
「それは分かる」
「思ったことはそのまま言う」
「知ってる」
「勝負事が好き」
「それも知ってる」
「強い人が好き」
「……それも知ってる」
わりと知っていることばかりだった。
でも、彩音はそこで少しだけ目を細めた。
「でもさ」
「?」
「弱い人が嫌いってわけじゃないと思うよ」
「え」
それは、初耳だった。
「巴が嫌いなのは、たぶん逃げる人」
「逃げる人」
「うん。勝負から逃げるとか、正面から来ないとか」
「……」
なんとなく、分かる気がした。
電車で見た時も。
告白した時も。
巴はまっすぐだった。
雑なくらい、まっすぐだった。
「だから、コソコソ調べるより、本人に聞いた方がいいかもね」
「本人に」
「そう」
彩音は軽く笑った。
「まあ、恒一は黙っててもそのうち突撃しそうだけど」
「否定できない」
「できないんだ」
彩音が楽しそうに笑う。
その後も、彩音はいくつか巴の情報を集めてくれた。
何が好きか。
どんな時に機嫌がいいか。
誰と仲がいいか。
ただ、聞けば聞くほど思った。
真田巴は、分かりやすいようで、かなり難しい。
■廊下
昼休み。
彩音は廊下で何人かと話していた。
俺の頼みだった。
けれど、彩音自身も少し楽しんでいるように見える。こういう人の流れを読むことが、彼女は昔から得意だった。
「ありがとね」
彩音が笑って、相手に手を振る。
その背後から。
「彩音」
声がした。
振り向く。
そこに、真田巴が立っていた。
空気が、少しだけ張る。
「なに?」
彩音はいつも通り明るく返す。
でも、巴は少し真剣な顔をしていた。
「最近さ」
一歩近づく。
「私のこと、いろいろ聞いてない?」
直球だった。
逃げ場がない。
「……え、あー」
珍しく、彩音が一瞬だけ詰まった。
巴は責めるような声ではなかった。
ただ、はっきりしていた。
「別に、聞かれるのが嫌ってわけじゃない」
「うん」
「でも、コソコソされるのはあんまり好きじゃない」
強くはない。
でも、意思はまっすぐだった。
「知りたいなら、直接聞いてよ」
それだけ言って。
巴は踵を返した。
廊下に、少しだけ沈黙が残る。
「……やっちゃったね」
彩音が苦笑した。
■二年A組教室
その話を聞いて、俺は深く息を吐いた。
「ごめん」
「え?」
「俺が頼んだからだろ」
彩音は少しだけ驚いた顔をした。
それから、ふっと笑う。
「別にいいって」
「でも」
「こういうのも経験だし」
軽く言う。
でも、その顔には少しだけ反省も見えた。
俺はうなずいた。
「……なるほどな」
分かった気がした。
真田巴は、やっぱりまっすぐな人間だ。
だから、まっすぐ来ないものには気づく。
そして、たぶん嫌がる。
でも逆に言えば。
(正面から行けば、ちゃんと見てくれる)
それは、悪いことではなかった。
「彩音」
「なに?」
「ありがとな」
「ん?」
「色々、助かった」
彩音は少しだけ照れたように笑った。
「どういたしまして」
「じゃあさ」
「?」
「今度、何か奢ってね」
「……やっぱりそうなるか」
「当然でしょ」
二人で、少しだけ笑った。
面倒をかけた。
たぶん、少し失敗もした。
でも、友達に頼って。
失敗して。
それでも、少しだけ前に進んだ気がした。
(次は)
俺は立ち上がる。
(ちゃんと、自分で聞く)
真田巴という人を知るには。
たぶん、それが一番早い。




