↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
第1章 すれ違い編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/228

第4話 勘違いから走り出した話

 

 放課後。


 恒一は校舎屋上のベンチで死んでいた。


「うん、無理」


 巴のあの一言が、頭の中でずっと繰り返されている。


「……いや、知ってたけどさ」


 初対面で告白して、成功するわけがない。それくらいは恒一にも分かっていた。


 分かってはいる。


 けれど。


(即答は、さすがにきついだろ……)


 空を見上げる。春の空はやたらと明るかった。こっちは失恋直後だというのに、まったく空気を読んでくれない。


「歴代でも、かなり上位の散り方だったな」


 横で基樹が笑いながら言った。


「うるさい!」


「いや、お前が悪い。止めたのに、聞かないから」


「しかし、あれはすごい。迷いがなかった」


「やめろ」


「うん、無理」


「再現するな」


 基樹はまだ笑っていた。


 悪気はない。


 多分。


「恒一、大丈夫?」


 声がして振り向くと、一ノ瀬彩音が立っていた。


 恒一の幼馴染で、昔から彼の失恋をそれなりの距離感で見てきた相手である。


「顔、完全に終わってるよ」


「終わってるよ、実際」


「だよね」


 彩音は苦笑しながら、少し離れたところに座った。


「相手、巴でしょ」


「なんで知ってるんだよ」


「有名だから」


「有名すぎないか?」


「有名すぎるね」


 否定しないのか。


 彩音は少し考えるような顔をしてから言った。


「ちなみにさ」


「うん」


「巴って、柔道部の山下先輩をちょっと見てるらしいよ」


「……は?」


 恒一の心臓が止まりかけた。


「山下先輩って、あの」


「うん」


 基樹が頷く。


「でかい人」


「説明が雑」


「でも伝わるだろ」


 伝わる。ものすごく伝わる。


 山下先輩は三年生で柔道部。肩幅がやたら広く、校内でもかなり目立つ人だ。


「好きってことか?」


「そこまでは知らない」


 彩音は肩をすくめた。


「ただ、体格とか動きとか、そういうのは気になるみたい」


「……」


 恒一は自分の腕を見る。


 細い。


 絶望的に細い。


 山下先輩と比べたら、同じ高校生とは思えない。


「……終わった」


「まだ始まってもないだろ」


 基樹が言う。


「今終わった」


「早いな」


「山下先輩と比べられたら無理だろ」


「比べられてるとは言ってないよ」


 彩音が言ったが、恒一の耳にはもう届いていなかった。


 真田巴。強いものが好きそうな人。電車で男を制圧していた人。


 あの迷いのない動きと、まっすぐな目。


 そんな巴が気にしている相手。


(山下先輩……)


 納得してしまう。


 悔しいくらいに。


◇ ◇ ◇


 その日の帰り道。


 恒一は一人で歩いていた。夕焼けがやけに目に刺さる。


(筋肉、か……)


 電車で見た巴の動き。


 グラウンドで見た巴の走り。


 そして、彩音の言葉。


『体格とか動きとか、そういうのは気になるみたい』


 つまり、今の恒一には足りない。


 何もかも。


「……やるしかないか」


 誰に言うでもなく、恒一はつぶやいた。


◇ ◇ ◇


 次の日から、恒一の生活は少し変わった。


 朝は早く起きてランニング。腕立て、腹筋、スクワット。放課後にも公園で基礎トレーニングをするようになった。


「お前、急にどうした?」


 基樹が呆れた顔で聞いてくる。


「鍛える」


「理由が短い」


「強くなる」


「さらに短くなった」


「山下先輩に勝てるくらい」


「方向性合ってるのか、それ」


 基樹のツッコミは聞こえていたが、恒一が止まる理由にはならなかった。


◇ ◇ ◇


 数日後。


 放課後のグラウンドの端で、恒一はストレッチをしていた。最近はここで自主的に体を動かすのが日課になりつつある。


(少しはマシになってきたか……?)


 腕立ての回数は増えた。走るのも、最初よりは少しだけ楽になった。


 まあ、巴と比べたら誤差以下だろうけれど。


「よし、もう一本」


 立ち上がった時だった。


「山下先輩、やっぱすごいね」


 女子の声が聞こえ、恒一は思わず振り向いた。


 グラウンドの向こうに、山下先輩がいた。


 でかい。


 とにかくでかい。


 肩幅が明らかにおかしい。


「腰、もっと入れろ」


「はいっ!」


 低く太い声にも圧がある。


 完全に、強い人間の空気だった。


(……あれか)


 恒一は自分の腕を見る。


 やっぱり細い。


 比べる前から負けている。


 そして視線をずらした先に、巴がいた。


 練習の合間なのか、水を飲みながら山下先輩の動きをじっと見ている。


(見てる……)


 心臓が嫌な音を立てた。


 巴が少しだけ笑った。


 山下先輩の動きを見ながら、ほんの一瞬、楽しそうに。


(終わった)


 恒一の中で、何かが確定した。


(あれが好きって顔だろ……)


 誰もそんなことは言っていない。


 それでも周囲の声が、やけに耳に入ってくる。


「巴様と山下先輩、並んだら強そう」


「最強じゃん」


「分かる」


(やめろ)


 聞きたくない。


◇ ◇ ◇


 その日の夜。


 恒一はいつもの公園にいた。


 街灯の下を、一人で走る。


「はっ……はっ……」


 息が上がり、足も重い。それでも止まらない。


 頭の中には、昼間に見た光景が焼き付いていた。


 山下先輩を見る巴の横顔。


 楽しそうな目。


(ああなれなきゃ、駄目なんだろ)


 強くて、大きくて、完成されている男。


 恒一とは真逆の存在。


「……っ」


 走り終えると、今度は腕立てを始める。


 限界まで。


 腕が震えても止めない。


「くそ……」


 地面に汗が落ちる。


 呼吸が乱れた。


 足りない。


 全然足りない。


 やがて力尽きるようにベンチへ座り込むと、夜風が火照った体に冷たかった。それなのに、頭の中だけは熱いままだ。


「……なんでだよ」


 ぽつりと言葉がこぼれた。


 悔しい。


 情けない。


 でも。


(諦めたくない)


 それだけは、はっきりしていた。


◇ ◇ ◇


 翌日。


 グラウンドの端で走っていると、陸上部の女子たちの声が聞こえてきた。


「そういえば、あの人またいるね」


「あの人?」


「この前、巴に告白した人」


「ああ、朝比奈だっけ」


「そうそう。最近ずっと走ってるよ」


 恒一の心臓が跳ねた。


 思わず顔を上げると、少し離れた場所に巴がいた。


 周囲の女子たちより頭一つ近く抜けているため、離れていてもすぐに分かる。


 その巴が、こちらを見ていた。


 ほんの一瞬だけ目が合う。


 巴は少しだけ目を細めた。


 笑ったのかもしれない。


 ただ、それが恒一に向けられたものなのか。それとも山下先輩の時と同じ、強いものを見る目なのか。


 その時の恒一には、まったく分からなかった。


 分からないから、勝手に決めた。


(やっぱり、もっと強くならないと駄目だ)


 真田巴は、山下先輩が好き。


 あるいは、少なくとも強い男が好き。


 その思い込みが、恒一の努力をさらに変な方向へ加速させることになった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。