聞いてた話と違う
週末、真田道場。
(……面白いこと、ね)
あの夢を思い出す。
「近いうちに面白いことが起きるぞ」
(ほんとかよ)
半信半疑。
でも、少しだけ期待している自分がいる。
(まあ)
(会えたら、それでいいか)
道場に入る。
見渡す。
(……あれ)
いない。
真田巴。
(またかよ)
軽くため息。
(いや別に)
(会いに来てるわけじゃないし)
自分で否定する。
そのとき。
「あなた」
声に振り向く。
真田真紀子。
今日も隙がない。
丁寧すぎる所作。
そして圧がある。
「少しよろしいですか」
「は、はい」
呼ばれる。
別の場所へ。
「料理はお好きですか?」
「……え?なぜ?」
想定外。
「はい、まあ」
「どの程度?」
一瞬、考える。
「かなり、できる方だと思います」
言い切る。
真紀子母の目が、わずかに細くなる。
「ほう」
興味。
「例えば?」
そこから、話が転がる。
火加減。
下処理。
味の組み立て。
言葉を重ねるほど。
(……通じてる)
感触がある。
真紀子母が、小さく頷く。
「理にかなっていますね」
「そうですか?」
「ええ」
ほんの少しだけ、空気が柔らぐ。
その時。
「……何をしている」
低い声に振り向く。
父が無言。
(……来た)
「……いや、ちょっと」
「話してただけで」
「なるほど」
勝手に納得するな。
「そういうことか」
(違う)
「……来い」
「いや!待ってください!」
「来い!」
強制。
引きずられる。
(またかよ)
道場中央。
「構えろ」
「なんでですか?」
「確認だ」
「何の」
答えない。
終わった。
「……はじめ」
速い。
受ける暇がない。
打たれ崩れる。
立て直す。
また来る。
(強いってレベルじゃないだろこれ)
必死で食らいつく。
けど、差は埋まらない。
時間だけが過ぎる。
膝をつく。
(……無理)
そのとき。
「――あなた」
静かな声に空気が変わる。
振り向くと真紀子母。
笑っている。
でも。
(やばい)
「何を、なさっているのですか?」
丁寧に。
逃げ場がない。
「……指導をだな」
「そうですか」
一歩、踏み込む。
次の瞬間。
――バンッ。
乾いた音。
巴父の体が、横に吹き飛ぶ。
竹刀。
真紀子母の手にある。
(え?)
壁際で止まる父。
起き上がる前に。
真紀子母が静かに言う。
「必要以上です」
それだけ。
父、止まる。
ゆっくりと立ち上がる。
そして。
こちらを見る。
無言で、膝をつく。
そのまま、また土下座。
「失礼した」
(なんで俺に謝るんだよ)
父が頭を下げたまま動かない中。
真紀子母が、こちらを一瞥する。
ほんのわずかに。
口元が緩んだ気がした。
それだけで、終わり。
何事もなかったように解散。
一人で帰る。
夕方。
体が重い。
(……面白いこと、ね)
思い出す。
神様。
(どこがだよ)
普通に最悪だった。
会えないし。
殴られるし。
吹き飛ぶし。
謝られるし。
(意味わかんねえ)
ため息をつく。
少しだけ。
手を開く。
閉じる。
さっきより。
ほんの少しだけ。
感覚がいい。
(……気のせいか)
そう思う。
空を見上げる。
何も変わらない。
(次、行くか)
それだけは。
はっきりしていた。




