表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/191

第42話 なんか会えない話

■真田道場


 週末の真田道場。


「……っ」


 踏み込み。


 竹刀を振る。


「遅い」


 すぐに声が飛んだ。


「腰が浮いておる」


「……はい」


 息が上がる。


 腕が重い。


 足も、もう限界に近い。


 それでも、竹刀を握り直す。


(やるって決めたしな)


 もう一度、踏み込む。


 打つ。


 戻る。


 また踏み込む。


 同じ動きを、何度も繰り返す。


 時間が過ぎる。


 稽古が終わる。


 床に手をついた。


(……きつい)


 肩で息をしながら、しばらく動けない。


 でも。


(ちょっと慣れてきたな)


 前よりは、ほんの少しだけ分かる。


 どこがずれているのか。

 どうして怒られているのか。


 体はまだ全然ついてこないけれど、ただ振り回しているだけではなくなってきた気がする。


 そう思いながら、ふと周りを見る。


(……あれ)


 いない。


 巴の姿がなかった。


 いつもなら、どこかで見かける。


 道場の端に立っていたり。

 稽古を見ていたり。


 帰る前に、少しだけ声をかけてくれたり。


 でも、今日は見えない。


「……あの」


 近くにいた人に声をかける。


「真田って、今日……」


「ああ、今日は剣道部だな」


「剣道部」


「他もやっとるからの」


「……そうなんですね」


 軽く頭を下げる。


(そういう日か)


 納得はできる。


 巴は陸上だけじゃない。

 剣道も、弓道も、薙刀もやっている。


 道場にいつもいるわけじゃない。


 それは分かっている。


 分かっているけれど。


(……会えないな)


 少しだけ、力が抜けた。


 別に、会いに来ているわけじゃない。


 稽古を受けに来ている。


 強くなるために来ている。


 そこは間違っていない。


(……いや)


 心の中で、少しだけ言い直す。


(会えたら、いいなとは思ってる)


 それくらいだ。


 たぶん、そのはずだ。


 次の週も、道場に来た。


 同じように稽古を受ける。


 踏み込みを直される。


 竹刀の振りを直される。


 何度も声が飛ぶ。


 終わる頃には、また腕が動かなくなっていた。


 床に座り込んで、息を吐く。


 そして、周りを見る。


(……いない)


 その次も。


 また、その次も。


 道場には通っている。


 少しずつ、稽古にも慣れてきた。


 でも、巴とは妙にタイミングが合わなかった。


(タイミング、悪いな)


 そう思う。


 巴が悪いわけじゃない。


 俺が勝手に期待しているだけだ。


 それでも、道場を出る時に、少しだけ物足りなさが残る。


(……まあいいか)


 首を振る。


 やることは変わらない。


 会えなくても。


 見られていなくても。


 強くなるだけだ。


 ■朝比奈家


 その夜。


 布団に入る。


 疲れているはずなのに、妙に目が冴えていた。


(……巴)


 グラウンドで走る姿が浮かぶ。


 剣道場で竹刀を構えていた姿が浮かぶ。


 弓道場で弓を引いていた姿が浮かぶ。


(あれ、反則だろ)


 小さく笑う。


 どれも違うのに、全部同じ人だった。


 遠い。


 けれど、見ていたい。


 追いかけたい。


 そう思わせる何かがある。


(……会えないと、気になるもんだな)


 自分で思って、少しだけ苦笑する。


 そのまま、意識が沈んでいった。


 ■縁の間


 白い霧。


 どこまでも曖昧な空間。


 足元も、空も、境目が分からない。


「ふぉっふぉっ」


 聞き慣れた声がした。


「久しいのう」


 白髪、白ひげの老人。


 神様が、指でひげをくるくるといじっている。


「……神様か」


「そうじゃそうじゃ」


 満足そうにうなずく。


「進展はどうじゃ?」


「まあ、ぼちぼち」


 正直に答える。


 進んでいるような。

 進んでいないような。


 強くなろうとはしている。


 でも、巴とは最近あまり会えていない。


 そう考えると、ぼちぼちという言葉が一番近かった。


「ほう」


 神様が、じっとこちらを見る。


「顔つきが少し変わったの」


「そうか?」


「うむ」


 ひげをいじりながら笑う。


「前よりは、逃げておらん顔じゃ」


「……逃げてたつもりはないけどな」


「ふぉっふぉっ」


 神様は楽しそうに笑った。


 その笑い方が、少しだけ腹立たしい。


「さて」


 神様が、少しだけ間を置く。


「ひとつ教えてやろう」


「……何を」


 神様が、にやりと笑う。


「近いうちに、面白いことが起きるぞ」


「……雑だな」


「大事なのは結果じゃ」


「過程すっ飛ばしたな今」


「ふぉっふぉっ」


 神様は満足そうに笑う。


「安心せい」


「不安しかないんだけど」


「わしの助言じゃぞ」


「だから不安なんだよ」


「大丈夫じゃ」


 根拠のない自信。


 相変わらずだ。


「役に立つ」


「ほんとかよ」


「本当じゃ」


 断言される。


 疑いしかない。


 けれど。


(まあ)


 少しだけ考える。


(何かあるのは確かなのか)


 理由は分からない。


 何が起きるのかも分からない。


 でも、神様がわざわざ言いに来たということは、たぶん何かはあるのだろう。


 それがいいことなのか。


 面倒なことなのか。


 そこは、まったく信用できないけれど。


「じゃあね」


 神様が軽く手を振る。


「待て。結局それだけか」


「それだけじゃ」


「本当に雑だな」


「ふぉっふぉっ」


 そのまま、神様の姿が薄れていく。


 白い霧も。


 縁の間も。


 ゆっくりと遠ざかっていった。


 ■朝比奈家


 朝。


 目を開ける。


 天井。


 いつもの部屋。


(……夢、か)


 そう思う。


 でも、ただの夢ではない。


 あの場所は、たぶんそういうものだ。


(面白いこと、ね)


 ぼんやりと思い出す。


 期待、というほどでもない。


 信用しているわけでもない。


 けれど、少しだけ胸が軽くなっていた。


(まあ、悪くないか)


 体を起こす。


 今日も、やることは変わらない。


 走る。


 稽古する。


 少しずつ、前に進む。


 その先に。


 本当に何かがあるかどうかは――


 まだ、分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ