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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

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第41話 好きな人を聞いたら戦国武将だった話

■グラウンド


 放課後。


 グラウンドの西日に照らされたトラックが、赤く光っている。


 練習後の空気は、少しだけ熱を残していた。


 息を整えながら、俺はトラックの端に立っている巴を見る。


 高く結ばれたポニーテール。


 まっすぐ伸びた背筋。


 何気なく立っているだけなのに、やっぱり目を引く。


(……そういえば)


 ふと、昼休みに話したことを思い出した。


 白石には、気になる相手がいるのかもしれない。そう考えた時、なぜか自分のことも少し引っかかった。


 俺は、巴のことを追いかけている。


 走ることも。


 道場のことも。


 巴が積み重ねてきたものを、少しずつ知ろうとしている。


 なのに。


(好きな人がいるってことは知ってるのに)


 その相手が誰なのかは、まだ知らない。


 前に聞いた時から、ずっとそこだけ曖昧なままだった。


 山下先輩かもしれない。


 佐々木部長かもしれない。


 勝手にそんなことを考えて、勝手に落ち込んでいる。


(……いや、それも変だろ)


 知らないまま勝手に決めつけても、何も進まない。


 聞いたら、終わるかもしれない。

 けれど、聞かないままでも進めない。


 それに。


 巴は、たぶんごまかすような人じゃない。


 聞けば、ちゃんと答える。


 そんな気がした。


(聞くか)


 少しだけ息を吐く。


 緊張はある。


 でも、逃げる理由にはならない。


「真田」


 声をかける。


 巴が振り向いた。


 高く結ばれたポニーテールが、ふわりと揺れる。夕陽を受けて、黒髪の輪郭が赤く縁取られていた。


「朝比奈?」


 まっすぐな瞳。


 大きく澄んだ目が、こちらを捉える。


 その視線に、少しだけ息を飲む。


「どうしたの?」


 巴が一歩近づく。


 無駄のない動き。


 立っているだけで、芯の強さが伝わってくる。


「ちょっと聞きたいことある」


「なに?」


 首を少し傾ける。


 柔らかい仕草だった。


 言うだけだ。


 ただ聞くだけ。


 そう思ったのに、口にする直前で少しだけ喉が詰まった。


「……その」


「うん」


「前に、好きな人がいるって言ってただろ」


 言ってから、少しだけ顔が熱くなる。


 何を照れているんだと思う。


 聞いているだけだ。


 別に告白しているわけでもない。


 けれど、巴の前でその言葉を出すと、思ったより落ち着かなかった。


 巴の目が、少しだけ揺れる。


「うん」


 短くうなずいた。


 その返事だけで、胸の奥が少し重くなる。


 分かっていたことなのに。


 改めて本人の口から聞くと、やっぱり違った。


「それって、誰なのか聞いてもいいか?」


 一瞬、空気が止まる。


 巴のまつ毛が、わずかに伏せられる。


 そのわずかな間に。


 頭の中で、いくつかの顔が浮かんだ。


(……山下先輩か)


 あの体格。

 あの記録。


 納得はできる。


(……いや)


(佐々木部長かもしれない)


 落ち着いた雰囲気。


 陸上部をまとめる力。


 どっちでもおかしくない。


(どっちにしても)


(勝てるわけないじゃん……)


 胃のあたりが、少しだけ重くなる。


 そして。


「えっとね」


 巴が口を開いた。


 表情が変わる。

 頬が、ほんのり赤くなる。


 日焼けした肌の上に、淡く熱が浮かんだ。


 目が、やわらぐ。


 どこか遠くを見るような、優しい光。


「すごく強くて」


 言葉に合わせて、指先が軽く握られる。


(ああ)


 やっぱり。


「絶対に負けなくて」


 視線が少しだけ上を向く。


(山下先輩か……)


 ほぼ確信する。


「どんな状況でも折れなくて」


 言葉に、少しだけ熱がこもる。


(佐々木部長でもおかしくないな……)


 どちらにしても、勝てる気はしない。


 次の一言で。


 全部、ひっくり返った。


「本多忠勝っていうんだけど」


「……は?」


 思考が止まる。


「え?」


 巴が首をかしげる。


 ポニーテールが小さく揺れた。


「え、今なんて?」


「本多忠勝」


 はっきりと言われた。


「戦国武将の?」


「そう!」


 一気に顔が明るくなる。


 目が強く輝いた。


「めっちゃ強いんだよ。生涯無敗って言われててさ」


 ぐっと前に出る。

 距離が少し縮まる。


 さっきまで少し照れていた空気が、どこかへ消えた。


「槍もすごいし、鎧もめちゃくちゃかっこよくて」


 声に熱が乗る。

 手振りも大きくなる。


 さっきまでの静かな雰囲気とは、別人みたいだった。


(そっちかよ……)


 肩の力が抜ける。


 さっきまでの重さが、一気に消えた。


「え、知らない?」


「いや、知ってるけど……」


「めちゃくちゃいいから。調べてみて」


 身を乗り出してくる。


 距離がさらに近い。


「あとさ、戦い方がさ――」


 勢いが止まらない。

 目がきらきらしている。


 頬もほんのり赤いまま。


 ひたすら語る。

 その理由が、全部分かる。


 これは、あれだ。


 好きなものを語っている顔だ。


(……よかった)


 心の奥で、息を吐く。


(まだ、終わってない)


 勝手に終わった気になっていた。


 山下先輩かもしれないとか。


 佐々木部長かもしれないとか。


 勝てるわけがないとか。


 全部、俺の中だけで勝手に進んでいた話だった。


「だからね」


 巴が、最後に少しだけ真剣な顔に戻る。


「わたし強い人、好きなんだよね」


 そこは、ブレない。


「……だろうな」


 苦笑する。


 けれど、さっきまでの絶望とは少し違う。


(方向、はっきりしたな)


 強い人。


 折れない人。


 負けない人。


 巴が好きなのは、そういうものだ。


 そして今の俺は、まだ全然そこに届いていない。


 でも、少なくとも。


 相手が戦国武将なら、今すぐ隣に立っている誰かに負けたわけではない。


「ありがと」


「なにが?」


 巴が不思議そうに笑う。


「いや」


 少しだけ笑って返す。


「調べとく。本多忠勝」


「うん。絶対いいから」


 巴は嬉しそうに頷いた。


 その笑顔。


 真っ直ぐで、あたたかい。


 それを見て、思う。


(やっぱり)


(この人、いいな)


 好きなものを、こんなふうに真っ直ぐ好きだと言えるところ。強さに憧れて、自分もそこへ向かおうとしているところ。


 そういうところが、たぶん。


 俺は、いいと思った。


 恋はまだ、終わっていなかった。

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