第40話 よく会う理由
帰り道
最近。
(……よく会うな)
そう思うようになった。
放課後。
部活のあと。
帰り道。
ふとしたタイミングで、その姿を見かける。
「……あ、朝比奈さん」
白石ひより。
小さく手を振ってくる。
「またか」
思わず口に出た。
「え?」
「あ、いや」
少しだけ言い直す。
「よく会うなって」
ひよりが、少しだけ困ったように笑う。
「……そうですね」
否定はしない。
でも、理由も言わない。
「帰り?」
「はい」
短い会話。
それだけなのに、気まずくはなかった。
しばらく一緒に歩く。
静かで。
落ち着いた空気。
(……不思議だな)
巴とは違う。
張り詰める感じではない。
前を向かされる感じでもない。
隣にいても、無理に何かを言わなくていい。
(まあ、悪くない)
そう思う。
横を見る。
ひよりは、少しだけ前を見て歩いている。
距離は近すぎず、遠すぎず。
ときどき、こちらを見る。
でも、目が合うとすぐ逸らす。
(……なんだろうな)
少しだけ引っかかる。
けれど、すぐに結論を出した。
(誰か気になるやつ、いるんだろうな)
入部したばかりだし。
陸上部は男子も多い。
視線の感じも、なんとなくそういうものに見える。
(……たぶんそういうやつだ)
勝手に納得する。
(俺に話しかけやすいだけか)
理由付けも完了した。
別れ際。
「じゃあ」
「はい」
軽く会釈して、ひよりは去っていく。
その背中。
少しだけ、振り返りそうになって。
やめる。
(……気のせいか)
そう思うことにした。
■教室
翌日。
昼休み。
「なあ」
基樹と彩音に声をかける。
「ひよりってさ」
「白石?」
彩音がすぐに反応した。
「うん」
「どんなやつ?」
「どうしたの、急に」
「いや、ちょっと」
言葉を濁す。
「最近、よく会う」
「……あー」
彩音が、少しだけ意味ありげに笑った。
「なるほどね」
「何が」
「別に?」
とぼけられる。
基樹は、少し首を傾げた。
「白石って、一年の?」
「たぶん」
「俺はそんな詳しくないな」
基樹はあっさり言う。
その代わりに、彩音が少し身を乗り出した。
「白石ひよりちゃんね。静かで、真面目な子だよ」
「知ってるのか」
「まあね」
彩音は軽く頷く。
「派手じゃないけど、結構ちゃんと周りを見てるタイプ」
「周りを?」
「人のこと」
その言葉で、思い出す。
グラウンド。
スポーツドリンク。
あの言葉。
“見てました”
(ああ)
なんとなく、繋がった気がした。
「あとね」
彩音が続ける。
「結構モテるよ」
「え?」
「目立たないだけで、男子からの評価高いタイプ」
「マジか」
少しだけ意外だった。
けれど、すぐに納得する。
静かで、真面目で。
押しつけがましくなくて。
ちゃんと見ている。
今の印象なら、分かる気がした。
「で?」
彩音がニヤっとする。
「なんで気になるの?」
「別に」
即答する。
「ほんとかなー?」
「ほんとだって」
少しだけ笑って返す。
でも、頭の中にはひよりの姿が残っていた。
こっちを見て。
目が合うと、少しだけ逸らす。
あの感じ。
(やっばり、誰か気になるやつでもいるんだろうな)
そう考えると、妙にしっくりきた。
「そういや」
俺は少しだけ思い出す。
「部長か誰かのこと、よく見てた気がする。」
彩音が一瞬、きょとんとした。
「……部長?」
「いや、陸上部って男子多いし」
「……あー」
彩音が、何かを察したように目を細める。
「そういうことか」
「何が」
「ううん、別に」
彩音はそれ以上言わなかった。
基樹は、まだよく分かっていない顔をしている。
「誰か気になる人でもいるんじゃないかってこと?」
「まあ、そんな感じ」
「なるほどな」
基樹は普通に納得した。
俺も頷く。
(まあ、俺には関係ないな)
ひよりが誰を見ているのかは分からない。
でも、たぶんそういうことなのだろう。
それに。
(俺は今、巴だけで精一杯だしな)
走ること。
道場のこと。
巴を追いかけること。
それだけで、頭の中はほとんど埋まっている。
誰かの気持ちをどうこう考える余裕なんて、正直ない。
(今は、それどころじゃない)
そう結論づける。
彩音が、まだ少しだけこちらを見ていた。
「ふーん」
「なんだよ」
「いや、恒一ってそういうところあるよね」
「どういうところだよ」
「別に?」
またとぼけられる。
基樹が苦笑した。
「恒一たち、たまに会話が噛み合ってないよな」
「そうか?」
「そうだよ」
彩音は笑って、話を切った。
でも。
(よく会うのは)
本当に偶然なのか。
少しだけ。
気になっていた。




