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道場に行ったらなぜか取り調べされた

 稽古、終了。


 床に倒れ込む。

「……っは……」

 息が上がる。

 腕が動かない。

「……死ぬ」

 直樹が呟く。


「お前やってないだろ」

「見てただけで死にそう」

 彩音が笑う。


「でもすごいね」

「よくやったよ」

 そのとき。


「……まあ」

 祖父が言う。

「悪くはない」

「根性はある」

 父も頷く。


「続ければ変わる」

(……少しは、か)

 小さく息を吐く。

 その瞬間。

「――ふむ」

 父の視線がこちらに向く。

 いや。

 俺と、巴の間。


(……あ)

 嫌な予感。

「なるほどな」

 低く呟く。

「娘の近くに来た理由」

(違う)

「そういうことか」

(違うって)

「若いな」

 勝手に納得するな。


「……いや、違います」

「違わん」

「違います」

 言い切った瞬間。

 がしっ。

 肩を掴まれる。


「話がある」

「ないです」

「ある」

 有無を言わせない。

 そのまま――

 引きずられる。


「ちょ、ちょっと待って!」

 彩音の声。

「連れてかれた!」

「南無」

 直樹、他人事で合掌。



 ――別室。

 正座。

(なんだこれ)

 向かいに、父。

 無言。

(怖い)

 沈黙が続く。


「覚悟はあるのか」

「何の」

「娘だ」

(やっぱりか)

「違います」

「違わん」


 そのとき。

「――あら」

 襖が、すっと開く。

 現れたのは。

 大きい。

 父と並んでも引けを取らない体格。

 無駄のない立ち姿。

 整いすぎた所作。


(……やばい)

「あなた」

 にこやかな声。

「何をなさっているのですか?」

 完璧な敬語。

 でも。

(圧がすごい)


 父がわずかに視線を逸らす。

「……話をだな」

「お話、ですか」

 一歩、近づく。

 音もなく距離が詰まる。

「取り調べのように見えましたが」

 父、黙る。


「……昔の癖がな」

「そうですね」

 にこりと微笑む。

「その癖は、ご自宅では不要かと存じます」

(逃げ場ないやつだこれ)


「……すまん」

 父、謝罪。

 母がこちらを見る。

「朝比奈さんですね」

「は、はい」

「無理をさせてしまったようで」

 丁寧に頭を下げる。

(この人が謝るのか)


「ですが」

 空気が変わる。

「本日は入門とのこと」

「はい」

「でしたら」

 目が細くなる。


「途中で投げ出すことは、おすすめいたしません」

(圧がえぐい)

「……はい」

 自然と頷く。

 母が頷く。

「よろしい」

 そして。


「あなた」

「はい」

 父、即答。

「きちんと、なさい」

 その一言、やわらかい。

 でも絶対。


 次の瞬間。

 ドン。

 父が膝をつく。

 そのまま額を床に。

 土下座。


「先ほどは失礼した」

 外から。

「……え、今の音なに」

 彩音の声。

「床じゃね?」

 直樹。

(聞こえてる!?)

 固まる。

 母が静かに頷く。


「ありがとうございます」

 それで終わり。

 父が立ち上がる。

 何事もなかったように。

(切り替え早いな)


「では」

 母が言う。

「どうぞお戻りください」

 解放。


 道場に戻る。

「おかえり」

 彩音がニヤニヤ。

「何されたの?」

「……取り調べ」

「やっぱり」

 即理解。


 直樹が小声で。

「音すごかったけど」

「……床」

「こええよ」

 三人で苦笑する。


 そのとき。

 巴が近づく。

「……ごめん」

「父、勘違いしたでしょ」

「したな」

「母、出たでしょ」

「出た」

「で」

「やったんでしょ」

「やった」

 一瞬の間。


 巴が少しだけ笑う。

「だよね」

 その笑顔。

 どこか慣れている。


「でも」

 こちらを見る。

「やるんだよね」

「やる」

 速答。


 巴の目が、少しだけ柔らぐ。

「……そっか」

 短く言う。

 でも。

 さっきより少しだけ近い。


 帰り道。

「お前さ」

 直樹が言う。

「恋もだけど、命も張ってるよな」

「そうかもな」

 笑う。

 空を見る。

(遠いな)


 でも。

(だからいい)

 少しだけ、笑う。

 強さも恋も。

 まだ途中だ。

 でも。

 ちゃんと、前に進んでいる。


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