勢いで道場に行くことになった
放課後。
「……で」
直樹が机に頬杖をつく。
「なんで道場なんだよ」
「強くなるため」
「ざっくりしすぎだろ」
彩音がくすっと笑う。
「でもさ」
「ちょっとわかるかも」
「どこが」
「巴、強いもんね」
「そういう問題じゃねえ」
直樹がため息をつく。
「お前さ」
「また変な方向いってない?」
「変じゃない」
「巴は剣道、弓道」
「全部やってる」
「だったら」
「そこに近づくしかないだろ」
シンプルな結論。
少しだけ沈黙。
「……まあ」
直樹が頭をかく。
「言いたいことはわかる」
「だろ?」
「でも、お前死ぬぞ」
「死なない」
「いや死ぬ」
彩音が笑いながら口を挟む。
「でもさ、ちょっと見てみたいかも」
「何を?」
「朝比奈が道場でどうなるか」
「見世物じゃねえぞ」
「半分くらいはそう」
にやっと笑う。
「ね、行こうよ」
直樹の方を見る。
「……俺も?」
「止める係」
「もう止められねえだろ」
「確かに」
三人で少しだけ笑う。
そのとき。
「何の話?」
振り向く。
真田巴。
自然に立っている。
高い位置のポニーテールが、軽く揺れる。
「……真田道場」
「行く話」
俺が言う。
巴が一瞬だけ止まる。
「……本気?」
「本気」
少しだけ間。
巴が息を吐く。
「……そっか」
短く言う。
でも。
目は少しだけ変わる。
「じゃあ」
「覚悟しといて」
「うち、甘くないから」
「知ってる」
思わず苦笑する。
「……だよね」
巴も少しだけ笑う。
そのまま去っていく。
残された三人。
「……やっぱやめないか?」
直樹が言う。
「やめない」
速答。
「だろうな」
ため息。
「じゃあ行くか」
「見届けるわ」
彩音が楽しそうに言う。
こうして。
三人で道場に行くことが決まった。
――週末。
真田道場。
「……で」
直樹が門を見上げる。
「本当に来たのか」
「来た」
その横で。
「すごいね、ここ」
彩音が目を輝かせる。
「完全に“そういう家”じゃん」
「そういう家だな」
(帰りたい)
直樹の顔が物語っていた。
「……入るぞ」
ガラッ。
一歩入った瞬間。
空気が変わる。
「……来たか」
父、祖父、兄の三人。
(やっぱりいた)
「お前だけじゃなかったか」
視線が、直樹と彩音に移る。
「見学です!」
彩音が即答。
「俺も!」
直樹が乗る。
祖父が、ふむと頷く。
「若いのが増えるのは良いことじゃ」
そして。
にやりと笑う。
「どうじゃ、そこの娘も」
彩音を見る。
「入門してみんか?」
「え?」
「基礎から叩き込んでやるぞい」
「いやいやいや」
彩音が手を振る。
「私は見学で十分です!」
「遠慮するでない」
一歩近づく。
(圧がすごい)
そのとき。
「じいちゃん」
低い声。
空気が変わる。
巴。
「無理やりはダメ」
ぴしっと言う。
祖父が肩をすくめる。
「むう」
「せっかくの逸材じゃったのに」
「違うから」
即否定。
直樹が小声で。
「助かった……」
空気が少し緩む。
「で」
父が言う。
「入門だったな」
「あ、はい」
空気が締まる。
「ならば」
(早い)
竹刀を渡される。
「構えろ」
「……はい」
構える。
(重い)
でも、やるしかない。
「踏み込み」
「打ち込み」
「繰り返せ」
始まる。
「遅い!」
「腰が浮くな!」
声が飛ぶ。
(きつい)
すぐにわかる。
(でも、やめるか?)
違う。
歯を食いしばる。
動く。
ただ、それだけ。
その様子を。
巴が見ている。
真剣な目で。
(……やっぱり)
小さく思う。
(本気だ)
――稽古、終了。
床に倒れ込む。
「……っは……」
息が上がる。
「……死ぬ」
直樹が呟く。
「お前やってないだろ」
「見てただけで死にそうななった。」
彩音が笑う。
「でもすごいね」
「よくやったよ」
そのとき。
「……まあ」
祖父が言う。
「悪くはない」
「根性はある」
父も頷く。
「続ければ変わる」
小さく息を吐く。
「でも」
巴が近づく。
「やりすぎ」
「……は?」
「初心者にあれはダメ」
父と祖父を見る。
空気が止まる。
「折れるよ、普通」
はっきり言う。
少しだけ怒っている。
「……ふむ」
祖父が考える。
「確かにの」
「ちょっとやりすぎたかもしれん」
「ちょっとじゃない」
直樹が小声で。
「強いな……」
彩音も頷く。
巴が、こちらを見る。
「大丈夫?」
少しだけやわらかい声。
「……まあ」
なんとか起き上がる。
「大丈夫じゃないけど、やる」
一言。
巴が目を細める。
「……そっか」
それだけ言う。
その表情は、ほんの少しだけ変わっていた。
帰り道。
「お前さ」
直樹が言う。
「完全に沼ってるな」
「何が」
「強さに」
「……かもな」
否定はしない。
空を見る。
(遠いな)
でも。
(だからいい)
少しだけ笑う。
“強さの入口”は。
思ったより、深かった。




