変わる空気
弓道場を出ても、さっきの一射が頭から離れなかった。夕方の空気が、少しだけ涼しい。
(……すげえな)
それしか出てこない。
隣を歩く、西園寺がふっと息を吐く。
「ね」
「……なんだ」
「ちょっとだけ、見直した」
唐突に言われる。
「は?」
「前はさ」
腕を組む。
「正直、ムカついてた」
「……だろうな」
「でも」
少しだけ、視線を外す。
「さっきの、見てる顔」
「嘘じゃなかった」
一瞬、言葉に詰まる。
「……」
「ちゃんと見てるんだなって思った」
ぽつりと、あの西園寺が。
少しだけトーンを落として言う。
「だから」
軽く肩をすくめる。
「前よりはマシ」
「評価低いな」
「当たり前でしょ」
少しだけ笑う。
でも前とは違う。
明確に。
“敵”ではなくなっていた。
「……じゃ」
西園寺が足を止める。
「邪魔はしない」
「ちゃんと見てるから」
「は?」
「追いかけるの」
さらっと言う。
「ただし」
一歩だけ近づく。
「中途半端なら許さない」
まっすぐな目。
「……しねえよ」
西園寺が、少しだけ笑う。
「ならいい」
そのまま、去っていく。
一人になる。
(……変わったな)
状況が、少しずつ。
でも確実に。
そのとき。
「……あの」
小さな声。
振り向くと白石ひより。
少し離れた場所に立っている。
「今の……」
遠慮がちに言う。
「見てました」
「……そうか」
短く返す。
ひよりが少しだけ微笑む。
「すごいですね」
「何が」
「雰囲気」
「……雰囲気?」
「前と、違います」
一瞬、考える。
(違うか?)
自分では、よくわからない。
「……そうかもな」
適当に返す。
ひよりは、首を振る。
「ちゃんと見てる人には、わかります」
はっきり言う。
「みんなの見方も」
そこで気づく。
周りの視線。
前みたいな、冷たい感じじゃない。
興味と少しの評価。
完全じゃないけど。
(……確かに)
変わってる。
「……まあ」
小さく息を吐く。
「やることは変わらないけどな」
「はい」
ひよりが、嬉しそうに頷く。
「それがいいと思います」
その言い方。
柔らかい。
押さない。
ちゃんと、支えている。
「……ありがと」
自然に出る。
ひよりが、少しだけ驚いて。
すぐに笑う。
「はい」
静かな返事。
そのまま、少しだけ並んで歩く。
夕方の道。
前とは違う空気。
(……変わったな)
そう思ったのは。
たぶん、俺だけじゃなかった。




