表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/191

第36話 静の強さ

グラウンド


 数日後、練習を終えたあと。


 着替えを済ませて、校舎の方へ戻ろうとしたところで、ふと思い出した。


(弓道……)


 あの日の剣道。


 あれだけでも、十分すぎたはずなのに。


(他にも、あるんだよな)


 剣道。


 薙刀。


 弓道。


 陸上だけでも遠いと思っていた相手が、別の場所にも立っている。


 そう知ってしまうと、気にならない方が無理だった。


 足が、自然と弓道場の方へ向く。


 そこで、ふと止まった。


(……いや)


 冷静に考える。


 剣道場に行った。


 今度は弓道場に行こうとしている。


 巴の行き先を追って、別の部活の場所まで見に行こうとしている。


(これ、前に言われてたストーカー疑惑、あながち間違いじゃなくなってないか?)


 自分で思って、少しだけ嫌な汗が出た。


 違う。


 これはそういうのではない。


 ただ、知りたいだけだ。


 追いかけている相手が、どんな場所に立っているのか。


 それを見たいだけで。


(……言い訳っぽいな)


 頭の中で自分に突っ込む。


 でも、足は止まらなかった。


 見たいと思ってしまったものは、もう仕方ない。


■弓道場前


 弓道場の近くは、静かだった。


 剣道場とは違う。


 あちらは音があった。


 踏み込み。


 掛け声。


 竹刀の音。


 ここには、それがない。


 近づくほど、逆に音が遠くなるような気がした。


 引き戸の近くで、足を止める。


 邪魔にならない位置から、そっと中を見る。


 ――いた。


 真田巴。


 白い道着に、袴。


 いつもよりも、さらにすっきりとした印象だった。


 長い手足が、そのまま一本の線みたいに見える。


(……綺麗だな)


 思わず、そう思った。


 剣道の時とは違う。


 防具をつけて、鋭く踏み込んでいた巴とは、まるで空気が違う。


 けれど、弱く見えるわけじゃない。


 むしろ逆だった。


 静かなのに、強い。


 巴が構えに入る。


 弓を持つ手。


 弦を引く腕。


 背筋。


 足の置き方。


 一つ一つの動きが、ゆっくりで、静かだった。


 無駄がない。


 呼吸すら、見えるような気がする。


(これも、同じ人かよ)


 剣道の時の鋭さとは違う。


 グラウンドで走る時の、前へ抜けていくような速さとも違う。


 静かで。


 張り詰めていて。


 でも、確かに強い。


 弓を引ききる。


 一瞬、時間が止まったように見えた。


 そして。


 ――放つ。


 ヒュン、と矢が走る。


 次の瞬間。


 ――カン。


 的を射る音がした。


(……は?)


 思わず息を止める。


 音が戻ってくる。


 でも、体が動かない。


(……なんだよ、それ)


 強さの形が、違う。


 剣道は、踏み込んで届く強さだった。


 陸上は、前へ進み続ける強さだった。


 弓道は、動かないまま届く強さだった。


(でも全部、本物だ)


 じわじわと、実感が広がる。


 見ていたはずなのに。


 何も知らなかった。


(……すげえな)


 それしか出てこない。


 気づけば、少し口が開いていた。


「……やっぱり」


 後ろから声がした。


 振り向く。


 西園寺さつきが立っていた。


 腕を組んで、こちらを見ている。


「そんな顔になるよね」


「……西園寺」


「覗き見?」


「違う」


 即答した。


 したあとで、少しだけ言葉に詰まる。


「……たぶん」


「たぶんなんだ」


 西園寺が軽く笑う。


「いや、剣道を見て、弓道もあるって聞いて」


「それで来たんだ」


「……まあ」


「完全に追いかけてるね」


「言い方」


 否定したい。


 でも、否定しきれない。


 西園寺は面白そうにこちらを見てから、視線を弓道場の中へ戻した。


「巴様って、そういう人だから」


 その声は、少しだけ誇らしげだった。


「陸上だけじゃないの」


「全部、本物」


 言い切る。


「剣道も、薙刀も、弓道も」


「全部、上のレベル」


 西園寺の目は、まっすぐ巴を見ていた。


「だから巴様なんだよ」


 その言葉は、前にも聞いた気がする。


 けれど、今は意味が違った。


(……そういうことか)


 目の前にある現実。


 それが、そのまま答えだった。


 巴が、次の動作に入る。


 静かに。


 でも、迷いなく。


 弓を構える。


 引く。

 止まる。

 放つ。


 その一つ一つが、綺麗だった。


(遠いな)


 素直に思う。


 走っても遠い。

 剣道でも遠い。

 弓道でも遠い。


 俺が知っている巴は、まだほんの一部でしかなかった。


 でも。


(いいな)


 それ以上に、そう思った。


 ただ強いだけじゃない。


 ただすごいだけじゃない。


 全部が、まっすぐだ。


 どの場所に立っていても、巴は巴だった。


(……好きだな)


 ふと、そう思った。


 理由なんて、もういらなかった。


 ただ、見ていてそう思った。


 西園寺が、ちらりとこちらを見る。


「なに、その顔」


「……別に」


「ふうん」


 何か言いたそうな顔だった。


 でも、西園寺はそれ以上追及しなかった。


 弓道場に、また静かな音が戻る。


 矢が放たれる。


 的を射る。


 その音が、胸の奥に残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ