知らなかった顔
放課後。
足は自然と、グラウンドではなく別の方へ向いていた。
(剣道場……)
校舎の奥。
普段はあまり来ない場所。
近づくほど、音が聞こえてくる。
――パンッ!!
乾いた衝撃音。
踏み込みと掛け声。
道場の前で、足が止まる。
(……いるのか)
少しだけ迷う。
でも。
(見てみたい)
そっと、中をのぞく。
木の床、張り詰めた空気。
整列した部員たち。
その中に。
――いた。
真田巴。
防具を身につけている。
面、胴、小手。
普段の姿とは、まるで違う。
(……でかい)
改めて思う。
その体格が、防具越しでも際立っている。
でも違うのは、それだけじゃない。
構え。
背筋。
視線。
(……別人だろ、これ)
空気が違う。
グラウンドの“陽”の感じとは違う。
静かで。
鋭い。
「――始め!」
掛け声。
巴が動く。
一歩。
踏み込み。
――速い。
さっきまでの“走り”とは別の速さ。
爆発的な一歩。
「メンッ!!」
声が、響く。
竹刀が振り下ろされる。
――パンッ!!
鋭い音。
相手が一瞬で崩れる。
(……は?)
思考が追いつかない。
もう一度。
構え、間合い。
そして踏み込み。
無駄がない。
速いだけじゃない。
“届く”動き。
(違う)
これは、グラウンドの巴とは別の存在。
終わる。
「一本!」
声が上がる。
巴が、ゆっくりと姿勢を戻す。
呼吸は乱れていない。
そのまま、面を外す。
汗に濡れた髪。
少しだけ乱れたポニーテール。
でも目は。
さっきまでと同じ。
まっすぐで強い。
(……同じか)
違うのに。
同じ。
それが、余計に現実味を帯びる。
(なんだよ、これ)
知らなかった。
(いや、知らなすぎた)
グラウンドで見ていたのは。
ほんの一部だった。
巴が、ふとこちらを見る。
目が合う、一瞬だけ。
驚いたような顔。
でもすぐに。
「……朝比奈?」
いつもの声。
そのギャップが。
さらに、現実を強くする。
(……やべえな)
小さく息を吐く。
追いかけている相手が。
どれだけ遠いか。
ようやく。
少しだけ、理解した気がした。




