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まだ知らない距離

 テストは、なんとかなった。

「ギリだな」

 直樹が答案を見て言う。

「でも赤点ないなら勝ちでしょ」

 彩音が笑う。


「……助かった」

 正直な感想だった。

 数日ぶりの部活。

 グラウンドに出る。

(久しぶりだな)

 少しだけ体が軽い。

 勉強ばかりで動いてなかった分、逆に走りたくなる。

 準備運動をしながら。

 ふと、視線を巡らせる。

(……あれ)

 いない。


 真田巴。

 いつもなら、もう走っているはずの場所に。

 その姿がない。

「なあ」

 近くの部員に声をかける。


「真田、今日いないのか?」

「ああ」

 あっさり返ってくる。

「今日は剣道部」

「……は?」

 思考が止まる。


「え、剣道?」

「うん」

「あと薙刀と弓道も兼部してるし」

「日替わりみたいな感じだな」

 軽く言う。

「……」

 言葉が出ない。


「今日は剣道、明日は薙刀」

「で、週に何回か弓道も行ってる」

「陸上は空いてる日に来る感じ」

 さらっと説明される。


(……ちょっと待て)

 頭が追いつかない。

(そんなことあるか?)

 走って。

 あのレベルで。

 さらに。

 武道を複数。

(しかも全部やってるってことだろ?)


 目の前の現実が、少しだけ遠くなる。

「すげえよな、あいつ」

 部員が何気なく言う。

「全部全国レベルだし」

「……え?」

 思わず聞き返す。


「知らなかったのか?」

 不思議そうに見られる。

「まあ有名だぞ」

 さらっと言われる。


(……マジかよ)

 足元が、少しだけぐらつく。

 グラウンドを見る。

 いつもの場所。

 (全然、違うじゃん)

 自分が見ていた“巴”。

 それはほんの一部だった。


「よし、集合ー」

 顧問の声。

 現実に戻る。

 列に並ぶ。

(……全然だな)

 小さく思う。


 走りだけでも届いていないのに。

 その上に、さらにある。

(追いつくとか)

 笑えてくる。

(どんだけ先にいるんだよ)


 視線を前に戻す。

(だからやめるか?)

 違う。

 足に力を込める。

(関係ない)

 届かなくても。

 差があっても。

(追うだけだ)

 それは、変わらない。


「……よし」

 小さくつぶやく。

 そして、また走り出した。


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