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知らないまま追いかけていた

 ノートに目を落とす。

 でも頭の片隅には、さっき見た“巴御前”。

(……いや)

 首を振る。


「でもさ」

 ペンを止めて言う。

「巴って、走るのがすごいだけだよな」

 一瞬、空気が止まる。


「……は?」

 直樹が顔を上げる。

「何言ってんの」

 彩音も呆れたような顔。

「いや、だって」

「陸上部だし」

 普通に答える。


 二人が、顔を見合わせる。

「……知らないのか?」

 直樹が言う。

「何を」

「いやいやいや」

 彩音が思わず笑う。

「ちょっと待って」

「こんなに追いかけてるのに?」


「……何の話だよ」

 本気でわからない。

 二人が、同時にため息をつく。

「だからさ」

 直樹が言う。


「巴様なんだよ!」

「……は?」

「普通じゃないってこと」

 さらっと言う。

「いや、それはわかるけど」

「わかってない」

 即否定される。

 彩音が笑いながら言う。

「まあ、いいよ」

「そのうち嫌でもわかるから」


「……なんだよそれ」

 納得いかない。

「いやでもさ」

 少しだけ考える。

(確かに)

 走り。

 体。

 雰囲気。

 全部、普通じゃない。

(でも、それだけだろ?)

 そう思っている。

 直樹が肩をすくめる。


「まあ」

「今のままでも十分やばいけどな」

「それは否定しない」

 苦笑する。


(それ以上って、なんだよ)

 少しだけ、引っかかる。

 知らないことがある。

 

(でもまあいい)

(今は追いかけるだけだ)

 それでいい。

「ほら」

 彩音がノートを叩く。

「現実戻って」

「……はい」

 三人でまた勉強に戻る。


 でも“知らない何か”があるという感覚だけが。少しだけ、残っていた。



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