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足りないのは体力だけじゃない

 夜、直樹の部屋。


「うわ」

 直樹が、俺を見て言う。

「なんか変わったな」

「何が」

「その体」

 その一言で、少しだけ意識する。

「細かったのにさ」

「ちょっと締まってきてる」

「……そうか?」

「うん」

 横で彩音も頷く。


「前より全然いいよ」

 少しだけ、照れる。

「まあ、毎日走ってるしな」

「だろうな」

 直樹が苦笑する。

「最近ほんと、そればっかだし」

「……まあな」

 自然とそうなる。

 気づいたら、体を動かしてる。


「でもさ」

 直樹が、ふと真面目な顔になる。

「来週、テストだぞ」

「……あ」

 思考が、止まる。

「覚えてなかっただろ」

「……ちょっと忘れてた」

「ちょっとじゃねえだろ」


 彩音がため息をつく。

「絶対やばいよ、それ」

「いや、まだ一週間あるし」

「その一週間も走るんでしょ?」

「……」

 言い返せない。


「ちなみに」

 直樹が、さらっと言う。

「巴、普通に両立してるらしいぞ」

「……え?」

「成績も普通に上」

「マジかよ」


 完全に予想外だった。

(あの練習量で?)

 頭に浮かぶ。

 あの走り、あの体力。

(それで勉強も?)


「やばくね?」

「やばいよ」

 彩音が即答する。

「だから巴様なんだよ」

 妙に納得される。


「……いや待て」

 頭を抱える。

「俺、無理じゃね?」

「今気づいた?」

 直樹が笑う。

「今まで何してたんだよ」

「走ってた」

「知ってる」

 三人で少しだけ笑う。



(まずいな、これ)

 本気で思う。

 体は変わってきたけど。


(俺、頭全然使ってねえ)

 ため息をつく。

「……やるか」

「何を」

「勉強」

 ぽつりと言う。


 直樹と彩音が顔を見合わせる。

「珍しいこと言うな」

「でもやらないと詰む」

「それはそう」

 彩音が頷く。


「じゃあさ」

「一緒にやる?」

「え」

「どうせ一人じゃやらないでしょ」

 ぐうの音も出ない。

「……頼む」

 素直に言う。

 直樹が笑う。


「いいじゃん」

「走るだけじゃなくなってきたな」

「うるせえ」

 でも。

(やるしかない)

 巴はやってる。

(だったら)

 やるしかないだろ。


 その日から。

 “走る”だけじゃなく。

 “積み重ねる”ものが、もう一つ増えた。


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