真っ直ぐな言葉
教室の空気は、まだ張り詰めていた。
誰も、動けない。
西園寺も。
周りの女子も。
そして。
巴は、もう一度だけ口を開いた。
「……まださ」
静かに、言う。
「私、あいつのことそんなに知らないよ」
ざわ、と小さく空気が揺れる。
そして、その目は真っ直ぐだった。
「でもさ」
一歩だけ、視線を巡らせる。
「盗撮とか、コソコソするタイプじゃないってことくらいはわかる」
教室が、静まり返る。
「だってさ」
少しだけ、声に熱が乗る。
「そんなことするやつが、人前で堂々とラブレター渡す?」
誰も、答えない。
「しかもさ」
止まらない。
「名前だけのやつ」
くすっと笑う。
でも、すぐに真剣な顔に戻る。
「あれ、逃げてないでしょ」
一言が重い。
「あと」
腕を軽く組む。
「陸上部のことも」
視線が、少しだけ鋭くなる。
「ストーカーとか言ってるけど」
「違うから」
はっきりと。
「あいつ、入部許可出たのに断ったんだよ?」
教室がざわつく。
「……え?」
「タイム足りなかったからって」
「もう一回ちゃんと受けたいって」
一つ一つ、言葉を積み重ねる。
「そんなやつがさ」
「コソコソすると思う?」
誰も、何も言えない。
巴の声が、少しだけ強くなる。
「逃げないで、正面から来てるだけじゃん」
「それをさ」
「勝手に変な方向に捻じ曲げて」
そこで、少しだけ言葉を切る。
「……ダサくない?」
静かに、落とす。
完全な沈黙。
西園寺の顔が、固まっている。
周りの女子たちも、視線を逸らす。
空気が、変わる。
「……あれ?」
誰かが小さくつぶやく。
「そういえば……」
「確かに」
ぽつり、ぽつりと。
声が変わっていく。
「盗撮もさ、見た人いるんだっけ?」
「……いや、聞いただけ」
「じゃあ……」
疑問が、広がる。
さっきまでの“決めつけ”が、
少しずつ崩れていく。
巴は、それを確認するように一度だけ周囲を見て。
何も言わずに、背を向けた。
教室の扉へ向かう。
その途中。
一瞬だけ。
また朝比奈恒一の方を見る。
何も言わない。
でもその視線は――
まっすぐだった。
そして。
巴は教室を出ていった。
残された教室。
さっきまでとは、まるで違う空気。
誰も、もう笑っていなかった。
代わりにあるのは――
戸惑いと。
わずかな、見直し。
朝比奈恒一という存在が。
少しだけ、変わり始めていた。




