噂と覚悟
放課後。教室に残っていたのは、俺と彩音だけだった。
「で?」
机に頬杖をつきながら、彩音が言う。
「どうだったの、陸上部」
目が、明らかに興味津々。
(ほんと好きだよな、こういう話)
苦笑しながら、椅子に腰を下ろす。
「テスト受けた」
「うん」
「ちょっとだけ足りなかった」
「え」
「でも、入っていいって言われた」
「じゃあ入ったの?」
「断った」
「……は?」
彩音の顔が固まる。
「なんで!?」
「タイム届いてなかったから」
あっさり言う。
「いやいやいや!」
思わず立ち上がる。
「そこは入るとこでしょ!?」
「違うだろ」
「違わないよ!」
少しだけ言い合いになる。
でも、俺は静かに言う。
「ちゃんと届いてから入りたい」
その一言で、彩音が止まる。
「……そっか」
小さく呟く。
「今の恒一らしいね」
ふっと笑う。
「じゃあ、どうすんの?」
「もう少し、自分でやる」
「トレーニング?」
「うん」
うなずく。
「ちゃんと届くようになってから、もう一回行く」
彩音はしばらく俺を見ていた。
「それ……いいと思う」
優しく言う。
「そういうの、巴好きそうだし」
その言葉に、少しだけ笑う。
「だろ?」
「うん」
でも、そのあと。
彩音の表情が、少しだけ変わった。
「……あのさ」
声が、少しだけ落ちる。
「一個、言っとくね」
「?」
彩音が少し近づく。
「今、ちょっとだけ」
「噂、出てる」
嫌な予感がした。
「……なんの」
一瞬の緊張。
「恒一が」
「巴のストーカーじゃないかって」
「……は?」
思考が止まる。
「いや、まだ小さい話だよ?」
「一部の子が言ってるだけ」
「でも」
「ちょっとずつ広がりそうな感じ」
言葉が、じわじわと染みる。
(俺がストーカー……?)
確かに。
見てる。
追いかけてる。
近づこうとしてる。
(でも、それは)
違う。
「……まじか」
小さくつぶやく。
彩音が少しだけ心配そうな顔をする。
「気をつけた方がいいよ」
「うん」
短く答える。
でも心の中は、ざわついていた。
(どうすればいい)
正面から行ってるつもりだった。
逃げてないつもりだった。
でも。
(見方が変われば、そう見えるのか)
少しだけ、苦くなる。
彩音が、ぽつりと言う。
「でもさ」
「私は違うと思ってるから」
一瞬、顔を上げる。
「ちゃんとやってるの、見てるし」
まっすぐな言葉。
「ありがと」
少しだけ、救われる。
(変えないとだな)
やり方を。
(誤解されない形で、ちゃんと近づく)
拳を軽く握る。
やることは、変わらない。
でもやり方は、考える。
それだけだった。




