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届かなかった一歩

 グラウンド。

 夕方の空気。

「じゃあ、一回走ってみろ」

 顧問の声で、スタートラインに立つ。


(ここだ)

 呼吸を整える。

 足に力を込める。


「よーい」

 緊張で、音が遠くなる。


「ドン!」

 走る全力で。

 足が前に出る。

 腕を振る。

 息が荒れる。


(いける……!)

 ゴール。

「……っはぁ……!」

 膝に手をつく。

 呼吸が整わない。


「タイムは……」

 顧問がストップウォッチを見る。


 一瞬の間。

「……惜しいな」


 その一言で、わかった。

「基準、ほんの少し足りない」


(……そうか)

 悔しさが、じわっと広がる。


(届かなかった)

 それだけだ。


「まあ」

 顧問が腕を組む。

「ここまで走れるならいいだろう」


「え」

「仮入部扱いでいいなら」

 ざわっと空気が揺れる。


(……いいのか?)

 顔を上げる。


 その時、視線が合う。

 真田巴。


 少しだけ、眉を寄せている。

 はっきりとした――

 不満そうな顔。


(……あ)

 わかる。

(それ、違うって顔だ)


 言葉にしなくても、伝わる。

 甘いんだ自分は。 それじゃ意味がない。

 胸の奥が、すっと静かになる。


「……すみません」

 顧問に向き直る。

「やっぱり、今回はやめます」


「……は?」

「約束のタイム、届いてないんで」

 はっきり言う。


「だから」

 一歩、頭を下げる。

「また、テスト受けさせてください」

 静かになる。


 顧問はしばらく俺を見ていた。

「……本気か」

「はい」


 一切迷わない。

「……いいだろう。」

「ありがとうございます」

 頭を下げる。


 そのまま、グラウンドを離れる。

 背中に、いくつかの視線。


(悔しいな)

(でも、これでいい)

 誤魔化して入るのは違う。

 ちゃんと、届いてから入る。

 それが――

(俺のやり方だ)


 歩き出す。

 その時。

 ふと、気配を感じて振り返る。


 巴が、立っていた。

 そして。

 ――笑っていた。微笑んでいた、

 ほんの少し。

 でも、確かに。


(……ああ)

 胸の奥が、軽くなる。

(それでいい)

 今日の結果は負けだ。


 でも。

(自分は間違ってない)

 そう思えた。


 それだけで。

 十分だった。


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