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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
第3章 真白な頁に名前が灯る編

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第185話 真白にはなれないらしい

■学校 帰路


 部活が終わったあと、恒一はグラウンドの片づけを終え、帰る準備をしていた。


 巴も更衣を済ませ、少し離れたところから校舎の方を見ていた。


 誰かと約束をしているわけではない。


 けれど、話したい相手はいた。


 北条真白である。


 真白は、恒一の部活終わりを待っていることが多い。最近は、そこに千瀬も一緒にいる。


 だから、巴が真白に話を聞くなら、この時間が一番自然だった。


 昨日から考えていた。


 可愛いとは何か。


 どうすれば、北条のように柔らかく、可憐に見えるのか。


 自分一人で考えても、答えは出なかった。


 今日一日、巴は可愛いを研究した。


 教室では、可愛いと評判の生徒を調べた。


 早咲南の仕草も観察した。


 それから陸上部で、実践もしてみた。


 結果は散々だった。


 困った時に小さく笑ったつもりが、佐藤に獣の目と言われた。


 タオルを両手で持って首を傾げたら、威嚇しているのかと警戒された。


 目線を意識したら、朝比奈に考え事があるのかと聞かれた。


 さらに佐藤は、巴の拳を受けることになってしまった。


 巴としては、強く殴ったつもりはない。ただ、佐藤からすれば、あれは殴られたという認識になるのかもしれない。


 そこは少しだけ反省している。


 少しだけ。


 ともかく、可愛いの研究は初日から難航していた。


 このままではいけない。


 だから、本人に聞くことにした。


 可愛いと思った相手に、どうすればそうなれるのかを聞く。


 理屈としては、間違っていないはずだった。


「真田」


 背後から声をかけられた。


 振り向くと、恒一がいた。


「朝比奈」


「帰るのか?」


「うん。ただ、その前に少し、北条に聞きたいことがある」


「北条に?」


「うん」


「そうか」


 恒一は、巴の視線の先を見た。


 昇降口の方から、真白と千瀬が出てくるのが見える。


 真白は、恒一の姿を見つけると少しだけ表情を柔らかくした。


 その隣で、千瀬も手を振っている。


 やはり、二人とも恒一を待っていたらしい。


 恒一は少しだけ考えてから、巴に言った。


「じゃあ、俺は少し離れてる」


「え?」


「北条に聞きたいことがあるんだろ。俺が横にいたら聞きづらいかもしれないし」


「……いいの?」


「ああ。急がないから」


「ありがとう」


 恒一はそう言って、校門の方へ少し歩いた。


 完全に離れるわけではない。


 ただ、こちらの会話が聞こえないくらいの距離に立ってくれた。


 巴は、その背中を少しだけ見つめた。


 無理に聞かない。

 必要な時は距離を取ってくれる。


 それでいて、待っていてくれる。


 そういうところが、恒一らしいと思った。


 そして、そういうところを見るたびに、巴は困る。


 可愛いと思われたい。

 また、そんなことを考えてしまうからだ。


「巴姉?」


 先に気づいたのは千瀬だった。


「どうしたんですか?」


「少し、北条に聞きたいことがあって」


「真白姉に?」


「うん」


 真白は、丁寧に頭を下げた。


「私に、ですか?」


「うん」


「私でお答えできることでしたら」


「……少し、変なことを聞くかもしれない」


「はい」


 真白は静かに待った。


 巴は、少しだけ視線を逸らした。


 いざ言おうとすると、急に恥ずかしくなる。


 だが、ここで引いたら何も分からない。


「北条」


「はい」


「どうすれば、北条みたいになれる?」


「……私、ですか?」


「うん」


「私のように、とは」


「その……可愛く、というか」


 言ってから、巴は顔が熱くなるのを感じた。


「柔らかくて、女の子らしくて、守りたくなるような感じに」


「……」


「やっぱり、変なことを聞いた」


「いえ」


 真白は少し驚いた顔をしたあと、ゆっくり首を横に振った。


「変ではありません。ただ、少し意外でした」


「そう」


「ですが、巴さんは、今のままでも十分素敵です」


「素敵」


「はい」


 真白はまっすぐに巴を見た。


「巴さんは、とても凛としていて、優しくて、きちんと人を見てくださる方です。私のようになる必要はないと思います」


「……でも」


「はい」


「素敵と、可愛いは違う」


 巴は小さく言った。


「私は、可愛いと思われたい」


 千瀬が、少しだけ身を乗り出した。


「そうです、真白姉は可愛いですよ!」


 真白が小さく目を瞬かせた。


「千瀬さん」


「本当です。真白姉は可愛いですし、丁寧ですし、守ってあげたくなる感じがあります」


 千瀬はなぜか、少し誇らしげだった。


 巴は静かに千瀬を見た。


「千瀬」


「はい」


「どうして千瀬が威張っているの?」


 少しだけ、声が低くなった。


 千瀬の背筋がぴんと伸びる。


「あ」


 千瀬はすぐに姿勢を正した。


「すみません」


 巴は、言ってから少し後悔した。


 別に、千瀬を怖がらせたかったわけではない。


 ただ、あまりにも当然のように真白を誇らしげに語るので、つい口が出ただけだった。


 また圧が出たかもしれない。


 そう思ったところで、真白が小さく微笑んだ。


 声を出して笑うほどではない。


 けれど、白い頬のあたりが少しだけ柔らかくなるような、控えめな笑みだった。


「千瀬さん、ありがとうございます」


「はい。真白姉は可愛いです」


「千瀬」


「すみません」


 巴はすぐに後悔した。


 何を言っているのだろう。


 北条と千瀬の前で、こんなことを言ってどうするのか。


 けれど、真白は笑わなかった。


 ただ、少しだけ優しい顔になった。


「そうなのですね」


「……うん」


「それは、とても大切なお気持ちだと思います」


「大切?」


「はい。誰かにどう見られたいか、どう思われたいか。それを願うことは、悪いことではありません」


「……」


「でも、巴さんが巴さんでなくなってしまう必要はないと思います」


「私のまま」


「はい」


 真白は微笑んだ。


「巴さんが真剣に悩まれているところも、私は可愛らしいと思います」


「……北条」


「はい」


「それは、少し困る」


「困りますか?」


「うん」


「では、失礼しました」


 真白は丁寧に頭を下げた。


 千瀬は、横で口を必死に押さえていた。


「千瀬」


「はい」


「もしかして、笑っている?」


「笑っていません」


「本当に?」


「少しだけ、巴姉が可愛いなと思っています」


「それは笑っているのと近い」


「すみません」


「謝らなくていい」


「はい」


 巴は、小さく息を吐いた。


 北条は笑わなかった。


 千瀬も、からかうようには笑わなかった。


 それはありがたかった。


 けれど、答えが出たわけではない。


 巴は、自分のままでいいと言われた。

 真白のようになる必要はないと言われた。


 それでも、巴の中にある願いは消えなかった。


 恒一に可愛いと思われたい。


 できれば、いつか可愛いと言われたい。


「巴姉」


 千瀬が言った。


「お姉ちゃんにも聞いてみますか?」


「千夜に?」


「はい。お姉ちゃんなら、話は聞いてくれると思います」


「……笑われる気がする」


「少しだけ、そうかもしれません」


「千瀬」


「すみません」


「謝らなくていい」


「はい」


 真白は少しだけ口元を柔らかくした。


「千夜さんなら、巴さんのお気持ちもきちんと聞いてくださると思います」


「……そうだね」


「はい」


 巴は校門の方を見た。


 恒一が、少し離れたところで待っている。


 こちらの会話までは聞こえない距離だった。


 けれど、巴たちの様子は見えているはずだ。


 あまり待たせるのは悪い。


 それに、こんな夕方の校門近くで長々と話す内容でもない。


 巴はそう判断した。


「北条、ありがとう」


「いえ」


「千瀬も」


「はい」


「千夜には、あとで話してみる」


「はい。お姉ちゃん、家にいると思います」


「分かった」


 巴は二人に軽く頭を下げてから、校門へ向かった。


 真白と千瀬も、そのままついてくる。


 恒一は、三人に気づくと軽く手を上げた。


「話は終わったか?」


「うん。待たせてごめん」


「大丈夫だ」


 恒一はそう言ってから、真白を見る。


「北条も、待たせて悪かった」


「いえ」


 真白は小さく首を横に振った。


「私は、恒一様をお待ちしていただけですので」


「それも待たせてるだろ」


「嫌ではありません」


 真白は静かに答えた。


 その横で、千瀬がにこにこしている。


「私は真白姉についてきただけです」


「それはそれで自由だな」


「はい」


 千瀬は元気よくうなずいた。


 巴は少し考えた。


 巴の家と千瀬の家は近い。


 朝比奈の家と北条の家も、方向としては近い。


 ここで二人ずつに分かれる理由は、あまりなかった。


「じゃあ、途中まで四人で帰る?」


 巴が言うと、千瀬がぱっと顔を上げた。


「いいんですか?」


「うん」


「やった。巴姉と真白姉と一緒です」


「朝比奈もいる」


「あ、はい。朝比奈先輩もいます」


「ついでみたいに言うな」


 恒一が苦笑する。


 真白はそのやり取りを見て、少しだけ口元を柔らかくした。


「私も、ご一緒してよろしいでしょうか?」


「もちろん」


 巴はうなずいた。


「帰ろう」


「うん」


 四人で校門を出る。


 夕方の空気は、少しだけ涼しかった。


 千瀬は真白の隣で楽しそうに歩いている。


 真白はいつものように静かだが、どこか穏やかな顔をしていた。


 恒一は余計なことを聞かず、ただ隣を歩いている。


 巴は、その横顔を少しだけ見た。


 無理に聞かない。


 必要な時は距離を取ってくれる。


 それでいて、待っていてくれる。


 そういうところが、恒一らしいと思った。


 そして、そういうところを見るたびに、巴は困る。


 可愛いと思われたい。

 また、そんなことを考えてしまうからだ。


 真白のようになる必要はない。


 それは、少し分かった。


 けれど、自分のままで可愛いと思われる方法は、まだ分からない。


 巴は、千瀬と真白の会話を聞きながら、小さく息を吐いた。


 可愛いの研究は、やはり簡単ではないらしい。

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