第165話 初めて基樹に相談された話
■二年 A 組
昼休み。
恒一は、自分の席で弁当を食べていた。
母さんが作った弁当だ。
最近は真白が朝から台所にいる日もあるので、ときどき中身が少し豪華になる。
ありがたい。
理由を考えると、少し頭は痛いが。
「恒一」
前の席に基樹が座った。
妙に真剣な顔をしている。
「どうした?」
「相談がある」
恒一は箸を止めた。
「……基樹が、俺に?」
「そうだよ」
「俺に相談?」
「だからそうだって」
「珍しいな」
「自覚あるんだな」
基樹はため息をついた。
確かに珍しかった。
最近は恒一が相談する側ばかりだった。
巴のこと。
真白のこと。
学校で起きる、よく分からない騒ぎのこと。
「何でも聞く」
「そこまで構えなくていい」
「俺に相談するくらいだから、かなり困ってるんだろ」
「まあ、困ってる」
基樹は少し声を落とした。
「真田さんのことなんだけど」
「真田さん?」
その名前だけで、恒一の意識が少しそちらへ向く。
「最近、俺と彩音に毎日のように話しかけてくる」
「そうなのか」
「ああ」
「いいことじゃないか」
「……やっぱりそういう反応か」
基樹は疲れた顔をした。
「最初は『親しくなろうと思って』って真正面から来た」
「真田さんらしいな」
「真正面すぎるんだよ。そのあとは普通の会話をしようとしてるらしいんだけど、完全に面接なんだ」
「面接?」
「趣味は何ですか。休日は何をしていますか。好きな食べ物は何ですか」
「普通じゃないか?」
「じゃあ、『朝比奈の良いところを三つ挙げてください』は?」
「……俺か」
「お前だよ」
「何て答えたんだ?」
「真面目、努力家、約束を守る」
恒一は少し嬉しくなった。
「ありがとな」
「そこじゃない!」
「違うのか」
「違う」
基樹は額を押さえた。
「しかも、答えるとメモするんだよ」
「メモ?」
「真顔で『分かった。漫画』『分かった。プリン』『分かった。朝比奈は約束を守る』って」
恒一は、巴が小さなメモ帳へ真剣に書き込む姿を想像した。
「真面目だな」
「怖いって話をしてるんだよ」
「いや、なんというか……嬉しい」
「お前に相談した俺が間違ってたかもしれない」
「待ってくれ。ちゃんと聞いてる」
「聞いてはいる。でも、ずっと嬉しそうなんだよ」
否定しようとしたが、できなかった。
巴が基樹や彩音と親しくなろうとしている。
それ自体は、恒一には嬉しかった。
「真田さんが嫌なわけじゃないんだ」
基樹は続ける。
「真面目なのも、仲良くしようとしてるのも分かる。ただ、圧があるし、質問の仕方が固すぎる」
「それは……分かる」
「最近は質問を一日三つまでにしてるらしい」
「なぜそんな制度に」
「彩音と前田さんが決めたっぽい」
基樹は深く息を吐いた。
「昨日なんて、一問目が睡眠時間。二問目が『朝比奈は最近無理をしていないか』」
「それはありがたい」
「三問目が『朝比奈は北条さんをどう思っていると思う?』」
「……」
それは恒一でも答えづらい。
「何て答えた?」
「本人に聞けって」
「正しい」
「そしたら、『それが難しい』って真剣に言われた」
恒一は巴の顔を思い浮かべた。
困っているのに、それをうまく言葉にできない時の顔。
「たぶん、慣れてないんだと思う」
「それは分かってる」
「人と親しくなることに。だから、方法が少し変になってる」
「少しか?」
「……かなり」
「そこは認めるんだな」
恒一はうなずいた。
「でも、悪気はない」
「それも分かってる。だから困ってるんだよ」
基樹は真面目な顔で恒一を見る。
「もう少し普通に話してくれって、お前から言ってくれないか」
「俺が?」
「お前が」
「それ、真田さんが傷つかないか?」
「俺は毎日少しずつ削られてるんだけど」
「……すまん」
「だから、なんでお前が謝るんだよ」
その時だった。
「三浦」
二人が振り向く。
教室の入口に巴が立っていた。
手には、小さなメモ帳。
基樹の顔が固まった。
「……真田さん」
「今日の質問をしてもいいか」
基樹が、ゆっくり恒一を見る。
助けろ。
目がそう言っていた。
恒一はうなずき、巴を見る。
「真田さん」
「何?」
「基樹にも都合がある」
巴は、はっとしたように目を伏せた。
「……そうか。すまない、三浦」
「あ、いや」
「迷惑だった?」
「迷惑っていうか……」
基樹が困っている。
ここで恒一がきちんと説明するべきだった。
巴が悪いわけではない。
ただ、相手の都合も考えた方がいい。
そう言えばいい。
「でも」
先に別の言葉が出た。
「真田さんが基樹と話そうとしてるのは、俺は嬉しい」
「恒一!」
基樹の声が跳ねた。
しまった。
巴は少し目を見開く。
「……そうなの?」
「ああ。嬉しい」
「……」
巴はメモ帳を持ったまま固まった。
少しだけ耳が赤く見える。
基樹は頭を抱えた。
「違う。今はそこじゃないんだよ……」
「すまん」
「もう遅い」
巴は小さく息を整えた。
「では、今日は質問を控える。三浦の都合を考える」
「それはいいと思う」
「でも、また話しかける」
「ああ」
「三浦にも、彩音にも、純也にも。……普通に」
最後だけ、少し自信がなさそうだった。
基樹もそれを見て、強くは言えなくなったらしい。
「まあ……一度に一つくらいなら」
「一つ」
巴がすぐメモ帳を開こうとする。
「今のはメモしなくていい!」
「そうなのか」
「そうだよ」
「分かった」
素直にメモ帳を閉じる。
恒一には、そのやり取りさえ少し嬉しかった。
「恒一」
「何だ?」
「まだ何も解決してないからな」
「そうか?」
「そうだよ」
基樹は深くため息をついた。
その後、巴が教室を出て少しした頃。
今度は純也がやってきた。
「恒一、ちょっといいか」
「どうした?」
「相談がある」
「……純也も?」
「も?」
「いや、何でもない」
純也は怪訝そうにしながら、恒一の近くまで来た。
「真田さんのことなんだけど」
嫌な予感がした。
「最近、真田さんが俺にも話しかけてくる」
「そうなのか」
「ああ。最初は普通だった。でも、俺がお前の昔を知ってるって聞いたらしくて」
「……何を聞かれた?」
純也は指を折る。
「昔から真面目だったのか。昔から告白に弱かったのか。昔から恋愛がずれてたのか」
「……何て答えた?」
「事実だけ」
「事実?」
「惚一、恋一、告一」
「やめろ」
「聞かれたから」
「そこを答えるな」
「真田さん、全部メモしてたぞ」
恒一の頭が痛くなってきた。
巴が真剣な顔で、
『惚一。恋一。告一。分かった』
と書いている姿まで簡単に想像できる。
「俺も、どこまで話していいのか分からないんだよ」
純也は困ったように言った。
「真田さんが真剣なのは分かる。でも、質問の踏み込みが深い」
「……それはすまない」
「だから何でお前が謝るんだ」
また同じことを言われた。
そこへ教室の入口が開く。
「恒一、さっき言い忘れたんだけど――」
戻ってきた基樹が、純也を見た。
「……純也」
「基樹」
基樹の目が細くなる。
「お前もか」
「何がだよ」
「真田さん」
純也が黙った。
それだけで基樹は察したらしい。
「お前もか……」
「待て。何だその言い方」
「俺もさっき、恒一に相談した」
純也が恒一を見る。
「解決したのか?」
「してない」
基樹は即答した。
「むしろ嬉しそうだった」
「分かる」
「分かるな」
恒一は二人を見る。
「俺はちゃんと聞いてたぞ」
「聞いてはいた」
「でも嬉しそうだった」
「今も少し嬉しそうだぞ」
「してない」
「してる」
二人に同時に言われ、少し自信がなくなった。
「つまり」
恒一は咳払いする。
「真田さんは、基樹だけじゃなく純也とも話そうとしてるんだな」
「そうだよ」
「そこを嬉しそうに確認するな」
基樹と純也が、ほぼ同じ顔をしている。
「恒一」
基樹が言った。
「お前が嬉しいのは分かった」
「でもな」
純也が続ける。
「俺たちは質問票じゃない」
「朝比奈理解用資料でもない」
「分かってる」
「だったら何とかしてくれ」
二人から同時に言われ、恒一はようやく真面目に考えた。
巴が周囲の人間を知ろうとしていることは嬉しい。
だが、その努力で相手が困っているのも事実だ。
「次に真田さんと話す時、質問ばかりだと相手が困ることもあるって言ってみる」
「本当か?」
「本当だ」
「見惚れて忘れないか?」
「忘れない」
純也がじっと恒一を見る。
「惚一の頃から信用できない」
「それは関係ない」
「ある」
「ない」
基樹が小さく笑った。
少しだけ空気が軽くなる。
「とにかく頼む」
「ああ」
「あと」
純也が念を押す。
「惚一、恋一、告一の話は、これ以上広げるなって言ってくれ」
「それは全力で言う」
「そこだけ急に頼もしいな」
純也が笑った。
基樹も自分の席へ戻りながら言う。
「質問も一度に一つくらいで頼む」
「分かった」
「本当に頼む」
二人を見送りながら、恒一は小さく息を吐いた。
初めて基樹に相談されたと思ったら、純也にも相談された。
しかも、どちらも巴のことだった。
巴は今、恒一の周りへ自分なりに橋をかけようとしている。
ただ、その橋は少し急で、渡る側が困っているらしい。
それでも、橋をかけようとしてくれていること自体は嬉しかった。
だからこそ、きちんと伝えなければならない。
相手と近づくなら、相手の歩幅も見た方がいい。
恒一自身に、それをうまく説明できるかは分からない。
ただ、この日の昼休み。
恒一は初めて、相談される側も意外と難しいのだと知った。
もっとも、相談してきた二人が恒一の解決能力をあまり信用していないことも、同時に分かった。




