↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
第3章 真白な頁に名前が灯る編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
161/232

第161話 外堀はだいぶ埋まっている

■前田家


 夕方。


 巴は、また千夜の部屋に来ていた。


 最近、この部屋に来る回数が増えている。


 理由は分かっている。


 真白が来てから、分からないことも、腹が立つことも増えた。そして、そういう時に話せる相手は、今のところ千夜くらいだった。


 千夜はいつものように湯呑みを持って座っている。


「千夜」


「うん」


「北条、陸上部には入らないらしい」


「そうなんだ」


 千夜は少しだけ目を動かした。


「よかったね」


「……別に」


「よかったでしょ」


「……まあ」


 認めるのは悔しい。


 だが、かなりほっとしていた。


 陸上部は巴にとって大事な場所だ。


 自分が走り、恒一が部長として立ち、ひよりや佐藤たちと努力する場所。


 そこへ、恒一を知るためという理由で真白まで入ってきたら、たぶん落ち着かなくなる。


 佐藤の胃も危ない。


「本人が朝比奈に言ったらしい」


「理由は?」


「朝比奈と私に、これ以上迷惑をかけたくないからって」


「ちゃんと考えたんだね」


「……そこも腹が立つ」


「うん」


「そこは否定して」


「でも、腹が立つんでしょ」


「……立つ」


 真白は押しが強い。


 距離も近い。


 けれど、迷惑だと分かれば引くこともできる。


 単純に嫌な相手にできない。


 そこが余計に腹立たしかった。


「でも」


 巴は少し考えてから言った。


「陸上部に来ないだけなんだよね」


「うん」


「他は、もうかなり入ってる」


 千夜が湯呑みを置いた。


「外堀、だいぶ埋まってるね」


「……やっぱり?」


「うん」


 千夜は淡々と数え始める。


「朝比奈君の両親には気に入られてる。家で朝食も作ってる。学校でも礼儀正しいって見られてる。薙刀部では即戦力扱い」


「……うん」


「近所の清掃活動にも、もう参加してるらしいよ」


 巴が顔を上げた。


「もう?」


「うん」


「転校して何日?」


「まだ数日」


「早すぎない?」


「早いね」


 巴は額に手を当てた。


 朝比奈家。


 学校。


 薙刀部。


 近所。


 真白は、どこへ行っても正面からきちんと入り込んでいる。


「……外堀どころじゃない」


「朝比奈君の家の台所には、もう入ってるからね」


「それを言うな」


 正しいから余計に嫌だった。


「じゃあ、私はどうすればいいの?」


「また勝つ話?」


「勝つというか……負けたくない」


 巴は正直に言った。


「でも、北条と同じことはできない」


「しなくていいと思う」


「じゃあ何をするの」


 千夜は少し考えた。


「朝比奈君の周りの人と、もう少し話したら?」


「周り?」


「友達」


 巴は目を瞬いた。


「三浦とか、彩音?」


「うん」


「朝比奈本人じゃなくて?」


「本人も大事。でも、朝比奈君は一人で生きてるわけじゃないから」


 千夜は淡々と続けた。


「三浦君や彩音は、朝比奈君のことをよく知ってる。巴が分からないことも、あの二人なら分かる時があるでしょ」


 それは否定できなかった。


 基樹は恒一の親友だ。


 彩音は幼馴染で、恒一のことをよく見ている。


 巴が恒一の言動に戸惑っている時でも、二人なら「ああ、恒一だから」と理解してしまうことがある。


「北条さんは家族や近所の方へ自然に入っていってる」


「うん」


「だったら、巴は同じ方向から行かなくてもいいんじゃない」


「……別の方向」


「うん」


 巴は腕を組んだ。


 朝から恒一の家へ行っても、結局練習の話になる。


 お父様、お母様などと言うのも無理だ。


 抱きつくのはもっと無理。


 急にボランティアを始めても、自分でも不自然だと思う。


 なら、別のやり方があってもいい。


「でも、三浦とはほとんど話したことない」


「話せば?」


「簡単に言う」


「話さないと始まらないから」


「……そうだけど」


「彩音とは少し話してるでしょ」


「彩音は、何でも分かってそうで少し苦手」


「分かる」


 即答だった。


 巴が千夜を見る。


「千夜も?」


「笑ってるけど、だいたい見てるから」


「分かる」


 二人はそこで初めて、妙に意見が合った。


「でも、朝比奈のことを知るなら避けて通れないか」


「たぶん」


「三浦も?」


「三浦君は、朝比奈君にかなり踏み込めるから」


「……そうだね」


 巴は少し考えた。


 自分はこれまで、恒一本人ばかりを見ていた。


 だが、恒一の周りには、彼を心配する人も、叱る人も、昔から知っている人もいる。


 その人たちと話すことは、恒一を知ることにもつながる。


「白石さんとも、もう少し話してもいいかも」


 千夜が付け加えた。


「白石とも?」


「同じ陸上部だし」


「……多い」


「うん」


 巴は深く息を吐いた。


 真白。


 ひより。


 恒一の友人たち。


 考える相手が増えていく。


「恋愛って、面倒だね」


「うん」


「走る方が楽」


「うん」


「剣道も薙刀も、まだ分かる」


「うん」


「人と親しくなる方が難しい」


 千夜は少しだけ笑った。


「でも、朝比奈君と親しくなりたいなら、それも必要なんじゃない」


「……分かってる」


 巴はしばらく考えてから、千夜を見た。


「千夜も来て」


「どこに?」


「三浦たちと話す時」


「私も?」


「一人よりいい」


 千夜は少し黙り、それからうなずいた。


「必要なら」


「必要」


「分かった」


 それだけで、巴は少し安心した。


「何を話せばいい?」


「普通に朝比奈君のことからでいいんじゃない」


「普通が難しい」


「練習のこととか」


「それなら話せる」


「そこからでいいと思う」


 巴はうなずいた。


 いきなり親しくなる必要はない。


 まず話す。


 それくらいなら、できるかもしれない。


「外堀」


 巴は小さく呟いた。


「うん」


「北条には、かなり埋められてる」


「うん」


「なら私は……」


 少し考える。


「橋をかける」


 千夜が少しだけ目を動かした。


「橋?」


「同じ外堀を埋めるのは無理。でも、渡る道くらいなら作れるかもしれない」


「いいと思う」


 巴は立ち上がった。


 真白との差がなくなったわけではない。


 むしろ、家族や近所との距離だけを見ればかなり先へ行かれている。


 それでも、自分まで同じことをする必要はない。


 恒一の友人たちと話す。


 ひよりとも、もう少し向き合う。


 まずはそこからだ。


 部屋を出ようとした時、千夜が言った。


「巴」


「何?」


「橋をかけるなら、まず挨拶からだと思う」


「……そこから?」


「うん」


 巴は小さくため息をついた。


 真白はもう朝比奈家の台所にいる。


 自分は、まだ挨拶から。


 差は大きい。


 だが、道場でも走りでも、最初はいつもそうだった。


 最初の一歩は、だいたい地味だ。


 外堀は、だいぶ埋まっている。


 それでも、まだ門が閉まったわけではなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。