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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

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第16話 現実的な一手

 校門前


 放課後。


 校門を出たところで、俺は足を止めた。


 夕方の空は、少しだけ赤い。


 部活へ向かう生徒たちの声が、校舎の方から聞こえてくる。


 俺は鞄を肩にかけ直しながら、小さく息を吐いた。


(積み重ね、か)


 基樹と彩音に言われた言葉が、頭の中に残っていた。


 いきなり指輪じゃない。

 いきなり告白じゃない。


 普通に話す。


 一緒に何かをする。


 相手が困らない範囲で、少しずつ近づく。


 それが大事らしい。


 正しいと思う。


 だが。


(どうやってだよ)


 真田とはクラスが違う。


 普段の接点も少ない。


 話せるのは、放課後のグラウンドで少し会った時くらい。それも、向こうの練習の邪魔をしない範囲でだ。


 名前は覚えてもらった。

 手紙も受け取ってもらえた。


 またグラウンドに来てもいいと言われた。


 でも、そこから先。


 普通に話す。


 一緒に何かをする。


 そういう積み重ねを、どこで作ればいいのか分からない。


「……難しいな」


 思わず呟く。


 好きだと言う方が、まだ分かりやすい。


 指輪を渡す方が、形としては分かりやすい。


 だが、それは重すぎるらしい。


 相手を困らせる。

 相手の優しさに負担をかける。


 なら、軽く。


 自然に少しずつ。


(だから、その少しずつが一番難しいんだよ)


 ため息が出た。


「なに悩んでんの?」


 横から声がした。


 振り向くと、三浦純也が立っていた。


 基樹の従兄弟で、彩音の幼馴染。

 俺とも昔から何度か顔を合わせている。


 軽い雰囲気なのに、妙なところで人を見る目があるやつだ。


「純也か」


「そう、純也」


 純也は軽く手を上げる。


「顔に出てるぞ」


「そんなにか?」


「めちゃくちゃ」


 即答だった。


 最近、いろんな人に顔に出ていると言われる。


 俺は、自分で思っているより分かりやすいのかもしれない。


「で?」


 純也が軽く顎をしゃくる。


「真田のことだろ」


「……まあな」


 隠す気も、あまりなかった。


 というより、純也にはもうだいたい知られている。


 前の俺のことも。

 今の俺のことも。

 真田への気持ちも。


「どうやって親しくなるか考えてた」


「あー」


 純也は、すぐに納得したような顔をした。


「段階踏めって言われた?」


「言われた」


「基樹と彩音に?」


「ああ」


「だろうな」


 純也は少し笑う。


「で、詰まってるわけだ」


「詰まってる」


「簡単じゃん」


 あっさり言った。


「陸上部入れば?」


「……は?」


 思わず聞き返した。


 純也は、当たり前のような顔で続ける。


「同じ場所にいれば、自然と話す機会増えるだろ」


「……」


 正論だった。


 それもかなりの正論だった。


 同じ場所。

 同じ練習。

 同じ時間。


 たしかに、それなら接点は増える。


 真田は陸上部にいる。


 俺は最近、走っている。


 なら、陸上部に入る。


 理屈は通っている。


 通っているが。


「いや」


 俺は首を振った。


「俺、もう二年だぞ」


「うん」


「今から入部とか、いけるのか?」


「どうだろうな?」


 純也は肩をすくめる。


「学校とか部活によるんじゃね」


「微妙だろ」


「微妙かもしれないな」


「じゃあ」


「でもさ」


 純也は、少しだけ真面目な顔になった。


「それ、やらない理由にはならなくね?」


 言葉が詰まった。


「……」


「無理だったら終わりか?」


「……いや」


「違うだろ」


 純也は軽く笑った。


「断られてから悩めよ」


 その言葉が、やけにすっと入ってきた。


 断られてから悩め。


 たしかにそうだ。


 まだ聞いてもいない。

 入れるかどうかも分からない。


 なのに、勝手に無理だと決めていた。


 それは、たぶん違う。


「それにさ」


 純也が続ける。


「お前、今めっちゃ走ってんだろ」


「まあな」


「だったら、一回くらい見てもらえばいいじゃん」


「見てもらう」


「うん。真田だけじゃなくて、部の人たちにも」


 純也は校庭の方を見る。


「ガチでやってるやつは、嫌いじゃないと思うぞ」


 真田の顔が浮かぶ。


 強くて。


 まっすぐで。


 逃げるやつを嫌う人。


 俺が初めて手紙を渡した時、正面から来たことを悪くないと言ってくれた。


 小さな変化を見た時も、ちゃんとやってると言ってくれた。


(ガチでやるなら)


 見てくれるかもしれない。


 少なくとも、逃げているよりは。


 何もせずに遠くから見ているよりは。


「……やるか」


 ぽつりと呟いた。


「お」


 純也が笑う。


「いいじゃん」


「ダメならダメでいい」


「そうそう」


「でも、聞かないまま諦めるのは違うな」


「それ」


 純也は満足そうに頷いた。


「恋愛にしては、かなり現実的な一手だろ」


「現実的なのか」


「指輪よりは現実的」


「それは言うな」


「言うだろ」


 純也が笑う。


 俺は少しだけ顔をしかめた。


 だが、否定できない。


 指輪よりは、はるかに現実的だ。


 相手を困らせるためじゃない。


 自分が変わるため。


 真田に近づくため。


 ちゃんと同じ場所に立つため。


 その一歩としてなら、悪くない気がした。


「たださ」


 純也が言う。


「入るなら、ちゃんとやれよ」


「分かってる」


「真田目当てだけです、って態度だとたぶん怒られる」


「それも分かってる」


「いや、恒一は分かっててもズレるから」


「ひどいな」


「事実だろ」


 返せなかった。


 純也は笑いながら、少しだけ声を落とす。


「でも、今のお前なら、ちゃんとやるだろ」


「……そうだな」


 走ることは、もうただの手段ではなくなっていた。


 真田に近づくために始めた。


 でも、走っているうちに、自分が変わっていくのも分かった。


 足が前に出る感覚。

 息が整っていく感覚。


 少しずつ速くなること。

 誰かに見てもらえること。


 それは、悪くなかった。


「ありがとな」


 俺は言った。


「いいって」


 純也は軽く手を振る。


「結果教えろよ」


「ああ」


「断られたら慰めてやる」


「断られる前提か」


「可能性はあるだろ」


「あるな」


「入れたら笑ってやる」


「どっちでも笑うのか」


「もちろん」


 純也は楽しそうに笑った。


 俺も、少しだけ笑った。


 不安はある。


 入れるかどうかも分からない。


 真田がどう思うかも分からない。

 部員たちがどう見るかも分からない。


 でも。


 何もしないよりはいい。


 行かないよりは、ましだ。


 そう思えた。


 校門の外で、俺はもう一度グラウンドの方を見る。


 夕方の光の中で、誰かが走っている。


 たぶん、陸上部だ。


 あそこへ行く。


 ただ見ているだけではなく。


 少しでも、同じ場所へ。


(まずは、聞いてみる)


 それだけのこと。


 それだけのことなのに。


 今の俺にとっては、確かに一歩だった。


 確実に。


 前に進むための一歩だった。

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