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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
第3章 真白な頁に名前が灯る編

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第159話 近所でも評判らしい

■朝比奈家


 朝。


 恒一は、食卓で味噌汁を飲んでいた。


 今日は真白はいない。


 母さんが作った、いつもの朝食だった。


 白いご飯に味噌汁、焼き魚、卵焼き。


 最近は朝からいろいろ起きすぎていたので、普通の朝食というだけで少し安心する。


 そう思っていたのだが。


「そういえば、恒一」


 父さんが新聞を畳みながら言った。


「真白ちゃん、近所でも評判らしいぞ」


「……北条さんが?」


 恒一は箸を止めた。


 母さんも楽しそうにうなずく。


「真白ちゃん、うちからそんなに遠くないところに住んでるみたいなの。それで最近、この辺りの清掃活動とか、地域の手伝いにも顔を出してるらしいのよ」


「……早くないか」


 転校してきて、まだそれほど経っていない。


 なのに、もう近所で評判になっているらしい。


「年配の方たちが、すごく褒めてるんですって。礼儀正しいし、よく気がつくし、嫌な顔をしないって」


「中には、聖女みたいな子だって言ってる人もいるらしいぞ」


「聖女」


 少し大げさな気もする。


 ただ、真白ならそう言われても不思議ではなかった。


 礼儀正しく、所作が綺麗で、ボランティアまでしている。


 もっとも恒一は、その「聖女みたいな子」が自分に抱きつき、婚約者だと名乗り、朝から家に来て朝食まで作ることを知っている。


 聖女だけでは説明が足りない。


「父さんも鼻が高いよ」


「なぜ父さんの鼻が高くなる」


「近所で評判の美少女が、うちの息子の嫁になりに来てくれてるんだぞ」


「嫁ではない」


「朝食も作ってくれるし、料理もうまいし、気立てもいい」


「それは否定しない」


「ほら見ろ」


「嫁ではない」


 そこだけは譲れなかった。


 母さんも笑っている。


「ご近所さんにも羨ましがられちゃった」


「羨ましがられなくていい」


「いいじゃない。真白ちゃん、本当にいい子なんだから」


 それも否定できない。


 真白がいい子なのは分かっている。


 だからこそ、余計に扱いが難しい。


 父さんが立ち上がった。


 嫌な予感がした。


「恒一」


「何」


「お前は幸せ者だな」


「またそれか」


 ばしん、と背中を叩かれた。


「痛い」


「父さんは嬉しいぞ」


「嬉しさを背中で表現しないでくれ」


 もう一度叩こうとする父さんから少し距離を取る。


 母さんは笑っている。


 止めてほしい。


 できれば母親として。


「でも、本当に偉いわね」


 母さんが言った。


「学校も変わって、引っ越してきたばかりなのに、もう周りの人のために動いてるんだから」


「……そうだな」


 恒一は味噌汁を見下ろした。


 真白は恒一に会うために転校してきた。


 それだけなら知っている。


 だが、薙刀部や料理部へ入り、近所の活動にも参加している。


 そこまでしている理由までは知らない。


 朝食を終えて家を出ると、背中にはまだ少し痛みが残っていた。


 母さんには「真白ちゃんによろしくね」とまで言われた。


 よろしくと言われても困る。


 そんなことを考えながら歩いていると、前方に見覚えのある黒髪の少女がいた。


 真白だった。


 恒一に気づくと、丁寧に頭を下げる。


「おはようございます、恒一様」


「おはようございます」


「ご一緒してもよろしいでしょうか」


「学校は同じなので」


「ありがとうございます」


 真白は少し嬉しそうに隣へ並んだ。


 以前よりも、ほんの少しだけ距離を取っている。


 それだけでも、恒一には分かった。


「今朝、両親が北条さんの話をしていました」


「私の話、ですか」


「近所で評判がいいって。地域の清掃とか、年配の方の手伝いとか、いろいろしていると聞きました」


「ああ」


 真白は静かにうなずいた。


「褒められるようなことではありません」


 返事は早かった。


「そうなんですか」


「はい。私は、自分のためにしております」


「自分のため?」


「誰かのためだけに、というほど綺麗なものではありません。そうする必要があると思っているから、しています」


 その言い方に、恒一は少し引っかかった。


 善意だけではない。


 けれど、悪意でもない。


 真白は、ときどきこういう言い方をする。


 何か理由を知っているのに、そのすべては話せないような言い方を。


「恒一様は、神様からそのようなお話は聞いていらっしゃいませんか」


「神様から?」


「はい。慈善活動やボランティアの理由についてです」


 恒一は少し考えた。


 縁の間。


 神様。


 真白が九州から来たこと。


 恒一に会うために願ったこと。


 それ以外に、今の話につながるような説明は受けていない。


「聞いていません」


「……そうですか」


 真白の声が、少しだけ小さくなった。


「神様からは、そういう話は何も」


「はい」


「すみません」


「恒一様が謝ることではありません」


 真白はすぐに微笑んだ。


 けれど、少しだけ寂しそうに見えた。


「北条さん」


「はい」


「聞いてもいい話なら、いつか聞かせてください」


 真白の目が、わずかに揺れる。


「……はい」


「今じゃなくていいです」


「ありがとうございます」


 真白は丁寧に頭を下げた。


「いつか、きちんとお話しします」


 その言葉に、恒一はうなずいた。


 学校が近づくにつれて、生徒の姿も増えていく。


 真白は恒一の隣を、少しだけ距離を取って歩いていた。


 その距離も、たぶん真白なりに考えた結果なのだろう。


 近所では、礼儀正しくて親切な子として評判になっている。


 けれど本人は、自分のしていることを善意だけで説明しようとはしない。


 そこには、まだ恒一の知らない理由がある。


「では、教室へ参りましょう」


「はい」


 二人はそのまま校門をくぐった。


 真白について知っていることは増えている。


 それでも、その奥にはまだ知らないことが残っていた。



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