小さな変化
放課後、グラウンドの隅。
「よし、もう一本!」
声を出す。
前よりも、少しだけ張りがある。
スタートの姿勢を取る。
(前より、いける)
地面に手をつく。
足に力を込める。
「ドン!」
自分で切って走る。
足が前に出る。
前より軽い。
(……速い)
自分でわかる。
明らかに違う。
ゴール。
「……っはぁ……!」
膝に手をつく。
でも。
(まだ動ける)
余力がある。
「おー」
振り向く。
陸上部の先輩が一人、こちらを見ていた。
「ちょっと速くなってない?」
「え」
「前より全然マシ」
(マジか)
「フォームも少し良くなってる」
「ありがとうございます」
「ちゃんとやってるな」
その一言が、やけに嬉しかった。
先輩はそのまま去っていく。
一人になる。
「……よし」
小さく拳を握る。
そのとき。
「へえ」
聞き慣れた声。
振り向く。
――真田巴。
「ちょっと速くなってるじゃん」
「……見てたのか」
「たまたま」
軽く言う。
でも、ちゃんと見ていた目だった。
「最初より全然いい」
「……そっか」
少しだけ笑う。
「ちゃんとやってるね」
その一言が、思った以上に響く。
「まあな」
「でも」
巴が腕を組む。
「まだまだ遅いけど」
「知ってる」
巴がくすっと笑う。
「いいじゃん」
「その感じ」
一歩、近づく。
「もう少し仕上がったらさ」
「うん?」
「そのとき、勝負しよ」
ちょっと空気が変わる。
「……いいのか?」
「今はまだ差ありすぎるし」
正直すぎる。
「だから」
少しだけ、笑う。
「ちゃんと形になってから」
まっすぐな目。
試されている。
「……やる」
巴は満足そうにうなずく。
「じゃあ、楽しみにしてる」
そう言って、背を向ける。
「朝比奈」
名前を呼ばれる。
「サボんなよ」
軽く手を振る。
(……よし)
目標ができた。
ただ速くなるだけじゃない。
(勝つために、やる)
その意識が、少しだけ変わった。




