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変わった自分 改稿

 夕方の公園。


 いつもの場所。

「……っ、は」

 地面に手をつき、腕立てを続ける。

 腕が震えていた。

 肩も重い。

 呼吸も乱れている。

 それでも、止めない。

(あと、少し)


 決めた分は減らした。

 基樹と彩音に言われたからだ。

 無理しすぎない。

 限度を守る。

 倒れる前に休む。

 それは分かっている。

 分かっているのだが。


(減らした分、集中しないと意味がない)

 結局、考え方が少しおかしい気もした。

 でも、止める理由にはならなかった。

 汗が地面に落ちる。

 最後の一回を終えたところで、俺は大きく息を吐いた。


「……っ、はぁ」

 その時だった。

「……やっぱり、おかしいよな」

 声がした。

 顔を上げる。

 公園の入口の方に、基樹が立っていた。

 そして、その隣にもう一人。

「純也?」


 三浦純也。

 基樹の従兄弟で、彩音の幼馴染。

 俺とも昔から何度か顔を合わせている。

 軽い雰囲気なのに、妙なところで人を見る目があるやつだ。


「久しぶり、恒一」

 純也は軽く手を上げた。

「久しぶり」

「でさ」

 純也は俺を上から下まで見る。

 そして、まったく遠慮なく言った。


「お前、変じゃない?」

「……は?」

 いきなりすぎる。

「久しぶりに会って最初がそれか」

「いや、だって変だし」

「何が」

「まず、その状態」

 純也が俺を指さす。


「夕方の公園で、汗だくで腕立てしてる高校生、普通に変だろ」

「トレーニングだ」

「それは分かるけど、雰囲気が修行僧なんだよ」

「修行僧」

 基樹が横でうなずいた。


「分かる。最近の恒一、ちょっと山にこもりそうな顔してる」

「してない」

「してる」

「してない」

「してるって」

 基樹は即答した。

 俺は少し納得できなかったが、二対一なので黙ることにした。

 純也は腕を組んで、にやっと笑う。


「それだけじゃなくてさ」

「まだあるのか」

「あるよ」

 純也は当然のように言った。

「最近、全然告白してないだろ」

 胸に刺さった。

 思ったより鋭く刺さった。


「……それが?」

「いや、それが“おかしい”んだって」

「おかしいのか」

「おかしいだろ」

 純也は指を一本立てる。

「春の時点で、週一ペースだったじゃん」

「それは言い過ぎだろ」

「いや、ほぼ合ってる」

 基樹が横で真顔でうなずいた。


「惚れやすかった頃の恒一は、けっこうすごかった」

「すごかったって何だ」

「惚一」

「やめろ」

「恋一」

「やめろ」

「告一」

「本当にやめろ」

 純也が吹き出した。


「懐かしいな、それ」

「懐かしむな」

「いやでも、そう呼ばれてた時期あったじゃん」

「なかったことにしたい」

「無理だろ。俺たちが覚えてるし」

 基樹が少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


「俺も覚えてる」

「忘れてくれ」

「努力はする」

「それは忘れないやつだ」

 純也は楽しそうに笑ったあと、すぐに少しだけ真面目な顔になった。


「でもさ、本当に変なんだよ」

「何が」

「前のお前なら、好きになったらすぐ言ってた」

「……」

「良くも悪くも、勢いで突っ込んでた」

 否定できない。

 かなり否定できない。


「なのに」

 純也は、今度は指を立てない。

 ただ、俺を見る。

「この数ヶ月、ゼロ」

「……」

「お前にしては異常」

 基樹も横で頷く。


「俺もそこは思ってた」

「基樹まで」

「いや、だって本当だし」

 基樹は少しだけ眉を寄せる。

「真田には本気っぽいのに、前みたいな勢いはない。告白もしない。なのに、毎日走って鍛えてる」

「……」

「普通に考えたら、変だろ」


 変。

 そう言われると、確かにそうなのかもしれない。前の俺なら、もっと早かった。

 好きだと思ったら、たぶんすぐ言っていた。相手の気持ちも、距離も、タイミングも、あまり考えずに。


 それがいいことだったとは思わない。

 むしろ、今思えばかなり危なかった気もする。でも、今は違う。言えない、簡単には言えない。


 なぜなら――

(言えない)

 神様のこと。

 巴との縁のこと。

 誰にも言ってはいけないという警告。

 全部、言えない。

 言ったら、何かが壊れるかもしれない。

 巴を巻き込むかもしれない。

 それだけは、できない。


「なんで?」

 純也が聞く。

 軽い声ではなかった。

 逃げ場のない質問だった。

 基樹も、黙って俺を見ている。

 俺は少しだけ息を整えた。

 全部は言えない。

 でも、何も言わないのも違う気がした。


「……今回は」

 一瞬、迷う。

 けれど、言葉は出た。

「本気だから」

 公園が、少し静かになった。

 純也が目を細める。

 基樹も、何かを言いかけて止まる。

「……へえ」

 純也が、少しだけ笑った。

 からかうような笑いではない。

 意外そうで、でも少し納得したような顔だった。


「珍しいな」

「そうか」

「うん。かなり」

 純也は肩をすくめる。

「前のお前なら、そういうのも全部勢いで言ってた気がする」

「……そうかもな」

「でも今は、言わないんだな」

「……」

「言えない?」

 純也の目が鋭かった。


 俺は答えなかった。

 答えないことが、答えになったかもしれない。

 純也はそれ以上聞かなかった。

 代わりに、少しだけ口元を緩める。


「まあ、そこまで言うなら、いいけど」

 基樹が横から言う。

「よくはないだろ」

「まあね」

 純也はあっさり認める。

「でも、無理に聞いても恒一、言わないだろうし」

「言えないことは言えない」

「ほら」

 純也が基樹を見る。

 基樹は、深くため息をついた。


「お前、本当に頑固だな」

「約束は守る」

「今はそういう話じゃない」

「そうか」

「そうだよ」

 基樹は少しだけ困った顔をする。

「でも、まあ……本気なのは分かった」

「ああ」

「だからこそ、無理すんな」

 その声は、前より少し柔らかかった。

「バイトもトレーニングも減らすって言っただろ」

「減らした」

「本当に?」

「少し」

「少し」

 基樹の目が細くなる。


「その“少し”が信用できないんだよな」

「今日は前より少ない」

「じゃあ今日の分は?」

「あと少し」

「終わり」

「まだ」

「終わり」

 基樹が即答する。

 純也が隣で笑った。


「基樹、保護者みたいになってる」

「誰のせいだと思ってるんだ」

「恒一」

「そうだよ」

 俺は少しだけ不満だった。

 だが、腕は確かに重かった。

 息もまだ完全には整っていない。

 これ以上やると、また基樹に怒られる。

 彩音にも、たぶん怒られる。


「……分かった」

 俺は地面に座り込んだ。

 基樹が少しだけ驚いた顔をする。

「素直だな」

「約束したからな」

「そこは守るんだな」

「守る」

「……ならいい」

 基樹は、少しだけ安心したようだった。

 純也は俺の横にしゃがむ。


「恒一」

「なんだ」

「本気って、どんな感じ?」

「どんな?」

「うん。前と違うんだろ」

 俺は少し考えた。


 前と何が違うのか。

 好きだと思う気持ちは、たぶん前にもあった。でも、今回は違う、簡単に言って終わらせたくない、勢いだけで近づきたくない。


 名前を覚えてもらうだけで、胸が熱くなった。手紙を受け取ってもらえただけで、前に進んだ気がした。

 それくらい、一つ一つが重い。


「……ちゃんと見てもらいたい」

 俺は言った。

「ただ好きだって言うんじゃなくて」

「うん」

「朝比奈恒一として、覚えてもらって、見てもらって」

「うん」

「その上で、ちゃんと向き合いたい」

 口にしてから、少し恥ずかしくなった。

 基樹も純也も、しばらく黙っている。


「……何か言えよ!」

「いや」

 純也は少し笑った。

「本当に変わったなって」

「そうか」

「うん」

 基樹も小さく頷く。

「変わったよ」

「……」

「前より、ちゃんと考えてる」

 そう言われると、妙に落ち着かなかった。

 褒められているのかもしれない。

 でも、かなり恥ずかしい。


「やめろ」

「何が」

「そういう評価」

「なんでだよ」

「恥ずかしい」

 純也が声を出して笑った。


「本気だから、って言う方が恥ずかしくない?」

「あとから恥ずかしくなってきた」

「遅いな」

「遅い」

 俺は両手で顔を覆った。


(なんだよ、それ)

 本気だから。

 ちゃんと見てもらいたい。

 言った。

 言ってしまった。

 ものすごく恥ずかしい。

 でも。

(間違っては、ない)

 それだけは、はっきりしていた。

 純也が立ち上がる。


「まあ、いいんじゃない」

「何が」

「変わったなら変わったで」

 純也は軽く肩を回す。

「前の恒一も面白かったけど、今の恒一の方がたぶんちゃんとしてる」

「ちゃんとしてるか?」


「たぶん」

「たぶんか」

「恋愛絡みでちゃんとしてる高校生なんて、だいたいたぶんだろ」

「そういうものか」

「そういうもの」

 基樹が横で苦笑する。


「純也、適当だな」

「適当じゃないよ。雑に正しいだけ」

「雑は認めるのか」

「認める」

 少しだけ空気が軽くなった。

 夕方の風が、公園の中を抜ける。

 基樹が俺を見る。


「帰れるか?」

「帰れる」

「ふらつくなよ」

「分かった」

「本当に?」

「分かった」

「よし」

 俺は立ち上がった。

 足は少し重い。

 でも、前より無茶はしていない。


「じゃあな、恒一」

 純也が手を振る。

「またな」

「ああ」

 基樹も歩き出す。

「帰るぞ」

「分かった」

 三人で公園を出る。

 途中で純也は別の道へ曲がり、基樹とも駅前で別れた。


 一人になる。

 夕方の風。

 少し冷えた空気。

 俺は、さっきの自分の言葉を思い出す。

 本気だから。

 ちゃんと見てもらいたい。


「……っはぁ」

 顔が熱い、今さらになって、かなり恥ずかしくなってきた。

「……ほんと、変わったな俺」

 小さく呟く。


 誰もいない道だった。

 前の自分なら、もっと軽く言っていた。

 もっと勢いで動いていた。


 でも今は、一つ一つが重い。

 名前を呼ばれることも。

 手紙を受け取ってもらうことも。

 無茶を心配されることも。

 好きだと認めることも。

 全部、ちゃんと残る。


 それが、少し怖い。

 でも、悪くない。

 俺は少しだけ笑った。

 変わった、たぶん本当に。


 ただし、変わった自分に慣れるには、もう少し時間がかかりそうだった。

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