神様の警告と介入
白い空間。
現実感のない静けさの中で、白髪に白ひげの老人が、指先でひげをくるくるといじっていた。
「うむ、来たか」
「……神様」
恋愛の神様。
俺の人生を盛大にややこしくした元凶である。
「ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「なんじゃ」
俺は少しだけ間を置いてから、言った。
「巴とのこと」
「うむ」
「誰かに話したら、どうなる?」
神様の手が、ぴたりと止まる。
「……ほう」
目がわずかに細くなる。
「そこに気づくか」
「いや、普通に考えておかしいだろ」
「うむ」
あっさりとうなずく。
「本来ならな」
神様はゆっくりとひげを撫でる。
「自分が“誰と結ばれるか”など、事前に知る
ことはあり得ん」
「……だよな」
「それは結果として後から定まるものじゃ」
つまり。
「俺、完全に例外ってことか」
「うむ」
軽く言う。
「今回のケースは、かなりのレアじゃ」
ひげをくるくるといじりながら続ける。
「本来干渉できぬ領域に、わしが触れてしもうた」
「……あんたのせいじゃん」
「うむ」
即答。
「すまん」
軽い、謝罪が軽すぎる。
「で」
俺は少しだけ前に出る。
「その情報、誰かに言ったら?」
神様は少し考え、
「確実ではないが」
と前置きしてから。
「何かしらの“強制力”が働くのは間違いない」
空気が、少しだけ冷える。
「強制力って?」
神様は指を一本立てる。
「信じてもらえん」
「……」
「関係が歪む」
「……」
「あるいは」
一瞬の間。
「その話自体が、なかったことになる」
「……は?」
「記憶が飛ぶ、状況が変わる、人間関係が崩
れる」
淡々と並べる。
「最悪の場合は?」
自分でも聞きたくなかった。
神様は少しだけ視線を逸らしてから、
「命に関わることもある」
静かに言った。
背筋が冷える。
「……なんだよ、それ」
「帳尻合わせじゃ」
あっさりと。
「本来ありえん縁を知ってしもうた分、どこ
かで歪みが出る」
「……」
「それを戻そうとする力が働く」
神様は肩をすくめる。
「世界は意外と几帳面でな」
少しだけ笑う。
「帳尻はきっちり合わせたがる」
俺は、ゆっくり息を吐いた。
「……わかった」
「よろしい。」
神様は満足そうにうなずく。
「これはな」
一瞬、真面目な顔になる。
「お前さんのためでもあり――相手のためで
もある」
その一言は、重かった。
「それと、もう一つ」
「?」
ひげをくるくるといじりながら、言う。
「今生お前さんには、巴しかおらん」
心臓が、わずかに鳴る。
「じゃがな」
一瞬の間。
「巴はそうではない」
「……」
「選択肢はいくらでもある」
淡々とした事実。
「人気がある女性、というのはそういうことじゃ」
言葉が刺さる。
あのグラウンド。
あの視線。
あの“巴様”。
全部、思い出す。
(ああ)
少しの沈黙。
その後。
「しかしまあ」
急に、空気が緩む。
神様はまたひげをくるくるといじりながら、
こちらを見る。
「進みが遅いのう」
「うるさいな!」
「名前を覚えてもらっただけ、か」
「第一歩だからな!?」
神様はくつくつと笑う。
「まあよい」
そして。
「その様子では、少し手を貸してやらんと進
まんか」
「え」
ひげをいじりながら、軽く言う。
「後ほど、少しだけ手伝ってやろう」
「マジで?」
「ただし」
指を一本立てる。
「ほんの少しじゃ」
「十分です」
即答した。
神様は満足そうにうなずく。
「機会は与える」
「……はい」
「掴めるかどうかは、お前次第じゃ」
まっすぐな言葉。
俺は小さくうなずいた。
「……やるよ」
神様はにやっと笑い、
最後にひげをくるくるといじる。
「ではな」
空間が揺れる。
「機会は――近いぞ」
その言葉を残して。
神様の姿は、消えた。
目が覚める。
「……怖いし、ありがたいし」
複雑すぎる。
でも。
(やるしかないな)
もう、迷いはなかった。




