巴とひよりの橋渡し
昼休み。
教室で弁当を前に、巴は少し固まっていた。箸は持っている。弁当も開いているが、ほとんど手をつけていない。
(……難しいな)
頭に浮かぶのは、昨日千瀬が言った一言。
『ひよりちゃんのこと、気になるなら話してみれば?』
簡単なはずの言葉。でも、実際に声をかけるのは勇気がいる。相手は同じ一年生、白石ひより。部活中もよく見かけるが、控えめな性格で、あまり前に出ない。巴はそれを分かっていた。
(私がいきなり話しかけたら、固まるだろうな…)
(下手すると逃げるかもしれない)
少し迷い、巴はスマホを手に取った。昼休みもあとわずか。まずは千瀬に連絡するしかない。
『白石ひよりと話したい。橋渡し頼める?』
送信するとすぐ既読がつき、返事が来た。
『いいよ!巴姉、ちゃんと話す気になったんだね!』
巴は画面を見つめ、小さく息を吐く。
(少しだけ進む…はず)
校舎裏の廊下。人通りは少なく、昼休みも終盤。千瀬がひよりを連れて待っていた。
「巴姉!」
明るく笑う千瀬。前回、ひよりの恋について相談されたことを思い出す。巴は少し緊張しながら歩みを進めた。
「……こんにちは、白石さん」
「あ、こんにちは」
普通に、自然に。
「呼んで悪かった」
「いえ、無理はしてないです」
ひよりは少し驚き、肩を揺らす。巴は目を逸らさず、慎重に話す。
「部活は、どうだ?」
「……部活、ですか」
「ああ、フォームや練習のこと、順調?」
ひよりは少し考えて答えた。
「楽しいです」
「そうか」
「まだ全然、うまくないですけど」
「最初からうまい者はいない」
「……真田先輩もですか」
「ああ、私も最初はそうだった」
ひよりの表情が少し和らぐ。巴も少し安心する。
「朝比奈は…」
言いかけ、止める。ひよりの肩が少し揺れた。
「ちゃんと見てくれます。フォームとかタイミングとか」
「うん。あと、私ができたことは、私がやったって言ってくれます」
ひよりの声は少し柔らかい。巴はうなずく。見えているものは少し違うが、空気は共有できている。
千瀬は二人を見比べ、にこにこしながら手を振った。
「よかったね」
「何がだ」
「話せてる」
昼休みの終了ベルが鳴る。ひよりが小さく肩を揺らす。
「あ、戻らないと」
「ああ」
「呼び止めて悪かった」
「いえ」
ひよりは少し迷い、声を出した。
「あの……結局、なんだったんだろう…」
小さく呟く。
千瀬はにこにこして教室へ戻っていった。
巴は一人、廊下に残る。
(難しいな……)
何も聞けなかった。
巴はひよりの気持ちも、橋渡しの千瀬の明るさも、自分の中の感情も、どれも簡単ではないと改めて感じるのだった。




