神様への質問
その夜。
また、白い夢を見た。
どこまでも白い空間。
音もなく、風もなく、距離すら曖昧な場所。
その真ん中に、白髪白ひげの老人が座っていた。
「来たか」
老人は、いつものようにひげをいじっている。
胡散臭い。
何度見ても、その感想は変わらなかった。
「神様」
「うむ」
「今日は聞きたいことがある」
「ほう」
神様が、少しだけ楽しそうに目を細めた。
「珍しいの」
恒一は、すぐには口を開かなかった。
頭の中に浮かぶ顔がある。
名前がある。
言葉がある。
でも、それをそのまま言うのは、少し違う気がした。
「……もしさ」
「俺のことを好きな人がいたとして」
「うむ」
「その人を選んだら、どうなる」
その瞬間。
神様の指が止まった。
ひげをいじっていた手が、ぴたりと動かなくなる。
白い空間が、ほんの少しだけ冷えた気がした。
「……なるほどの」
神様の声から、さっきまでの軽さが消える。
「良い質問じゃ」
「……」
「答えは簡単じゃ」
神様は、ゆっくりとひげを撫でた。
「長くは続かん」
「……続かない?」
「お前さんの縁は、もう定まっておる」
淡々とした声だった。
「そこから外れたものはな」
神様が指を軽く振る。
「戻される」
「戻されるって、どういう意味だよ」
「帳尻合わせじゃ」
軽い言い方だった。
けれど、その響きだけが妙に冷たい。
「例えばじゃ」
神様が指を一本立てる。
「いい感じになる」
「……」
「距離も縮まる」
「……」
「じゃが、急に転校する」
「は?」
「あるいは長期入院」
さらっと言う。
まるで、明日の天気でも話すみたいに。
「もっと強い場合は」
神様の目が、少しだけ細くなった。
「お前さんのことだけ、綺麗に忘れる」
背筋が冷えた。
「……なんだよ、それ」
「歪みを戻しておるだけじゃ」
神様は平然としていた。
「本来結ばれん縁を、無理に結ぼうとすれば、どこかに無理が出る」
「……」
「その無理は、放っておけば大きくなる」
白い空間が、静かに揺れる。
「だから、戻される」
「……勝手すぎるだろ」
「縁とは、そういうものじゃ」
神様は少しだけ視線を逸らした。
それから、静かに続ける。
「最悪の場合は」
一瞬、間が空いた。
「お主が死ぬことになる」
声は、とても静かだった。
「……俺が?」
「そうじゃ」
神様は淡々とうなずいた。
「寄り道の代償としては、分かりやすいじゃろ」
「分かりやすくねえよ」
声が少しだけ震えた。
「怖すぎるだろ」
「だから言うておる」
神様は、またひげをいじる。
「おすすめはせん」
「……」
「寄り道は、ろくなことにならん」
その言葉だけが、白い空間に残る。
恒一はしばらく黙っていた。
でも、もう一つだけ聞かなければいけない気がした。
「……じゃあさ」
「うむ」
「その人が、本気だったら」
神様の手が、また止まる。
「本気で俺を好きだったら」
「……」
「それでも、そうなるのか」
神様は、少しだけ考えた。
「その想いごと、断ち切られるじゃろうな」
淡々と。
残酷なくらい静かに言った。
「……そっか」
言葉が、それ以上出てこない。
好きだと思ってくれる気持ち。
近づこうとしてくれる気持ち。
その全部が、なかったことになる。
あるいは。
自分が、いなくなる。
「じゃがまあ」
神様が、少しだけいつもの調子に戻る。
「今のお前さんは、まだ間違っとらん」
「……」
「少なくとも、今進んどる道は自然じゃ」
その言葉に。
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
「だから迷うな」
神様がにやっと笑う。
「恋は自由じゃ」
「どこがだよ」
「自由じゃよ」
神様は指を立てる。
「ただし」
「責任は取らん」
「最低だな」
「神じゃからの」
ふぉっふぉっと笑う。
いつもの軽さ。
けれど、その奥にあるものは、もう軽くは見えなかった。
白い空間が揺れる。
「待っ――」
「選ぶなら、よく見て選べ」
神様の声が遠くなる。
「間違えるでないぞ」
その言葉を最後に。
夢が途切れた。
目を覚ます。
暗い天井。
「……なんなんだよ」
ぽつりと呟く。
胸の奥に、まだ神様の声が残っている。
寄り道は、ろくなことにならん。
お主が死ぬことになる。
「……」
冗談にしては、笑えなかった。
夢にしては、重すぎた。
恒一は、小さく息を吐く。
答えは、もう決まっている気がしていた。
ただ、その答えを選ぶことが、思っていたよりずっと重いのだと。
今さらのように、分かっただけだった。




