エピローグ
翌日、無事文化祭が終了した。売れ残っていた写真集もなんとか売り切ることが出来た。部長からはご丁寧なお褒めの言葉をもらえた。後片付けもスムーズに行われて予定通りに工程が進んだ。
文化祭で土曜日を返上したので月曜日が振替休日になり、光輝はその月曜日に真琴をデートに誘った。
場所は駅前広場、昼前に集まって駅構内のレストランで食事をすることにした。
月曜日は雲一つない晴天であるが、今季もっとも寒い日になる予報だ。光輝は天気予報を確認しながら朝食を摂った。腕の調子もだんだんとよくなり、肋骨の骨折はもう治ったと医者に言われた。腕もあと一週間ほどで完治すると言われた。
自転車にはまだ乗れないので、徒歩で駅に行く。歩いて約三十分ぐらいで駅前公園につく。手袋、ネックウォーマー、ダウンジャケットと防寒着をやたらと着こんで家を出た。
駅前公園に十一時ごろ到着した。約束した時間は十一時五十分だから、まだ随分と時間がある。公園は、子連れの親子がボール遊びをしているだけだった。平日の昼間とこの寒さの影響で、外を歩いている人も少ない。
光輝は公園の時計台前にあるベンチに腰を下ろした。持って来たバックからカメラを取り出して、レンズを覗く。カメラを構えるのは、久しぶりで新鮮な気がする。何を撮るわけでもなく、ただレンズを覗いていた。
「ゴメン、お待たせ」
不意に声がして、光輝はレンズを覗いたまま体を声の方に向ける。レンズの視野に真琴が入ってきた。やはり、真琴もいつになく厚着している。
「はやかったな」
カメラを下ろしてバックに戻した。時計台の針は、十一時三十分である。
「何か食べたいものある?」
「私は何か温かいものが食べたいな」
「それなら、鍋にする?」
光輝は、立ち上がって二人は歩いて駅構内へ向かう。
「昼から鍋っていうのは初めてかも」
「じゃあ、もっと軽めのものに変える?」
「鍋がいい」
駅構内の飲食店街の一角にある老舗ちゃんこ鍋店に入った。平日の今日は昼時であっても、十分ほど待てば入店できた。いつもは、待ち時間一時間ほどの超行列店なのである。本店は、市内中心部にあり、ここはその店の唯一の支店でもある。
平日のこの時間帯にいる客は、ほとんどが高齢の夫婦やこれまた高齢のご婦人方、それに出張中と思われるスーツ姿のおっさん達で、若い年齢層の人は一人としていなかった。
席に案内されて、注文も慣れた手つきで済ませた。
「注文も慣れたものだね」
お手拭で手を拭いて、お冷を一口飲む。
「私、こんな店に来たの初めてで少し緊張してるんだけど」
真琴はあたりをきょろきょろして、落ち着きがない。
「ここじゃないけど、本店の方によく行ってたから。今日は僕が奢るからお腹いっぱい食べろよ」
今日は今までのお礼として、真琴に御馳走をすることにしていたのだ。上田先輩にもお礼をしようと思っていたが、山室を許してくれたこと、真琴とのことを洗いざらい話してくれたこと(話させられたこと)で十分だと断られてしまった。
「ホントにいいの?」
「いいよ。入院の見舞金でおじいちゃんから大金貰ったばかりだから」
店員さんが鍋を持ってきて、テーブルの上のコンロにセットした。次々に具材が運ばれてきて、テーブルが埋め尽くされた。入れる順序などを手短に説明して店員は、戻って行った。
光輝が次々に具材を鍋に入れていく。真琴は、光輝の指示に従って火の加減を調節したり、出来上がったものを順次口に運んでいる。
「私が入れるのするから光輝も食べたら?私ばかり食べてたら悪いから」
「そうか、それじゃあ任せるよ」
真琴に菜箸を渡して、出来上がっているものを食べる。アツアツの白菜を冷まして、パクリと一口。うまみが口に広がり、懐かしい味が蘇った。おいしい。
「久しぶりに食べたけど、やっぱり最高だな」
「私なんかこんなおいしい鍋料理を食べたの初めてだよ。ありがとう」
「あんまり素直に、ありがとう、って言われると照れるな」
「それじゃあ、何回でも言ってあげるよ。ありがとう。ありがとう。ありがとう・・」
真琴は面白がって、ありがとうを連発する。
「手、止まってるよ。それに同じ言葉を二回以上連続して使ったら効果薄くなるよ」
真琴はあわてて次々具材を入れていく。光輝はそれに合わせて火力を調節した。
「そうだ、今回の主旨を忘れてた。この度は、大変お世話になりました。そしてこれからも、ご迷惑をおか
けすると思いますが、よろしくお願いします」
光輝は頭を下げる。
「私こそ、今まで支えてくれてありがとうございました。これからも、私のことをそばで支えてください」
「よろこんで、お供させていただきます。これからもずっと」
雑談をしながら、ゆっくりと鍋を食べながら喜びを噛みしめた。鍋を食べ終えて、会計を済ませる。それなりの値段が提示されて、真琴は驚きの表情だったが、光輝は全額支払った。
「本当に全部払ってもらってよかったの?私、今なら持ち合わせあるから払えるよ」
「いいって、礼なら僕のおじいちゃんに言ってよ。全部、おじいちゃんのお金だから」
「それじゃあ、いつものコーヒー店でこれから一杯どう?次は私が奢るから」
店を出て、駅前広場に行く。そこからは、真琴は自分の自転車を押しながら、光輝は歩いてスーパー加藤のコーヒー店へ。いつも通りの注文を済ませて、いつも通りの右角の席に着く。
「ここに来たら一気に日常に戻った気がするね」
「日常が一番楽しいと思うよ。非日常は楽しさも大きいけど、疲労も大きいから」
「そうなの?さっきは随分と楽しそうにしてたけど、今は疲れてるの?」
「さっきの店は昔何回も行ってるし、真琴とも何度も一緒にこうして飲んでるから、僕にとっては非日常ではなく日常だから、疲れは無いよ」
店内には、ハロウィン仕様の置物が多数置かれている。商品のラインナップにも、ハロウィン限定商品があった。周りの人はその商品を目当てに来ている人も多いように思える。
「この前、というか一緒に天体観測した翌日に言ってた欲しい写真、現像してきたよ」
バックに入れておいた写真を取り出して、渡す。
「あのかわいい写真?」
「そうあのかわいい写真」
光輝が渡した写真は、光輝の寝顔ではなく真琴の寝顔の写真だった。
「なにこれ」
「かわいい顔がばっちり写ってるだろ」
「いつ撮ったの?」
「天体観測の日の翌日、朝起きてから真琴がどんな写真を撮ったのかチェックしてたら僕の寝顔が撮られてたから、お返しに撮ってあげただけだよ」
「私が欲しい写真と違うんだけど。これはいらない」
「じゃあ、それは僕が貰うよ」
光輝が真琴から写真を取ろうとすると、真琴はその手をはじいた。
「これは、私が持っておきます」
真琴は、そそくさと自分のバックに写真を入れる。
「そんなに怒らないでよ。ちゃんとご注文の品も持ってきてるから」
光輝はもう一枚、写真を出して真琴に渡す。
「やった」
真琴は写真を受け取ると、しばらくじっと見ていた。
「やっぱ、寝顔ってかわいいね」
「恥ずかしいから、まじまじと見ないでよ」
「いいでしょ。女の子はかわいいものに目が無いんだから」
真琴はその写真を大事そうにクリアファイルに入れた。
特に変わった話をするわけでもなく、普段通りの当たり障りのない話をした。その間に、ホットコーヒーを二杯ほど飲み干した。時間も時間になってきたので、帰ることにした。
店を出て、スーパーの通路を通る。角にある本棚が目に入ってきた。腰ほどの高さの本棚。以前よりも随分色あせて味が出てきている。依然として置かれている本は代わり映えのしない。
(おっ、朱色と鶯色の詩集が戻されてる)
本棚に山室に貸していた詩集が返却されていた。光輝は本棚の前で立ち止まり、他に追加された本が無いかチェックした。
「そういえば、これがすべての始まりだったんだよな」
「そうだね。ここで出会わなかったら、私たちは今の私たちじゃなかっただろうし」
そんなことを考えながらこの本棚をみるとずいぶん大きな存在に見える。今までにかなりの恩恵を受けてきたように思う。
「恩返ししないといけないね」
(恩返しか・・)
この言葉を聞くといつも母のあの言葉を思い出してしまう。思えば、また随分と山積にあいてある本が部屋に残っている。最近は腕のこともありあまり読めていないのだ。母との約束もまだほど遠い。
「何をしたら本棚に恩返しできるのかな?」
真琴は真剣に悩んでいる模様。僕は頭の中で遠い記憶を辿っていた。
(あの時、母さんは何って言ってたっけな)
遠いあの日のことを思い出そうとしていた。
「受けた恩を返そうとは思わなくてもいいけど、受けた恩を忘れないで」
光輝はボソッと呟く。あの日、母さんが最後に言ってくれた言葉。
あれはきっと、僕が母さんに恩返しをしたくても出来ないから最後に残してくれた言葉。僕が最後に受けた恩。受けた恩は忘れないで、それはきっと私のことを忘れないでという母さんの願いだったのだろう。
「何か言った?」
「いや、何も」
「一つ思いついたんだけど、ここの本棚を有名にしてあげない?さりげなくいい噂を流して」
こじんまりとあるこの本棚を有名にしてあげるというのは一つの手であると思える。でも、
「この場所は皆には知ってほしくないって思うんだよ。その代わりに、ここを僕たちが使い続けたらそれでいいんじゃないかな。無理に恩を返そうとしなくても、それを忘れなければいいんじゃないかな」
「そうね。じゃあ、これからもこの本棚を使って本の交換をしましょう」
スーパーを出ると、冷たい風が頬を撫でた。
冬の訪れを感じさせる月曜の午後。少年と少女は、青い空の下明るい未来に向かって歩み始めた。
一応、完結いたしました。ご拝読ありがとうございました。
次週から『裏返し』で続編を書こうと思っています。




