第12話
アイシャとジョージの戦いは、膠着状態に陥っていた。
多種多様な攻撃を繰り広げるアイシャとそれを回避しながら要所で反撃の一撃を狙うジョージ。その戦いは、一般人では視認さえできない程に高速で行われた。
「クソったれ! これで死ねッ!」
閃光のように一瞬でアイシャはジョージの懐に飛び込んだ。直線的な運動エネルギーを無理矢理円運動に変換。独楽のように回転しながら下から上へとジョージにナイフが迫る。
「無駄だって。わかるんだから、さ」
掠るだけでも大きなダメージを与えそうなその一撃を、ジョージは身を屈めて回避。返す刀で彼はアイシャの腹部を狙い、掌底を放つ。
「ッ――」
しかし、ジョージは掌底を途中で止め、後ろに向かって飛んだ。
今までとは違い、余裕のない動作で。
ジョージが先程までいた位置をアイシャの蹴りが通過した。
「ハハッ! 段々慣れてきたぜェ!」
先程までと同様に、アイシャが迫る。
右から左、下から上、フェイントを織り交ぜ、多種多様に、縦横無尽に。だが、その攻撃をジョージは今まで通りに避ける。
避ける。
避ける。
避ける。
「オイオイ、どうしたんだよ。避けるだけかよォ! なァ!」
「チィッ! この女調子に乗りやがって」
「口でしか反撃できねえのか! ならよォ、もう終わらせてもいいんだよなァァア!」
アイシャのナイフが縦横無尽に迫る。
それは先程と同様に回避された。何回も、何回も。しかし、先程と大きく変わったことがあった。
それは、ジョージが反撃できる隙間がまるで無いことだった。先程までの余裕が一切なくなっていた。額に浮かぶ大粒の汗と荒い息遣いが、まるで破滅へのカウントダウンのように響く。
「いつまで持つかなァ! ハハハハハハハハハ!」
幾ばくかの時が過ぎ、何十、何百という交差を経た。
そして今、膠着状態に少しの綻びが生まれる。
吹き出す血が宙を彩った。
それは、ジョージの血だ。
「くッ……! こいつ!」
肩から手首にかけて一直線に溢れ出す血液は、その傷の深さを物語っていた。
ジョージはナイフだからと油断したつもりはなかった。達人が持てば木の棒でさえ命を刈り取ることに造作ないのだ。裏の世界で生きる者として、相手の武器がどのようなものであれ、油断することなどない。
「最初の威勢はどうしたッ! その程度でこのオレを相手にできると本気で思ってたのかよ」
アイシャはその顔に侮蔑の表情を浮かべながらジョージに向かう。悠然とした足取りはまるで、その力の差を誇示するようにゆっくりとしていた。
「恐ろしく感の良い野郎だがなァ、それだけだなァ」
「クソが……」
ジョージの魔術は操作魔術と呼ばれる特殊なものだ。
基本的に魔術師は元素魔術師と特殊魔術師の二つに分類される。元素魔術師とは木火土金水の五つを元にした魔術で、自然魔法とも呼ばれている。しかし、それに比べ特殊魔術の種類は多岐にわたる。
元素魔術師は得意不得意が極端に分かれるが、基本的に五種類全ての元素魔術が扱えることが多い。
そして、一番有名な結界魔術は特殊魔術にありながら、道具さえ揃えば元素魔術師でも扱える。
しかし、大抵の特殊魔術は違う。
特殊魔術は自らの特殊魔術しか使えない。
「最後の遺言にしちゃァしまらねえな」
アイシャがナイフを振るった。
振り下ろされるその刃は途中でその軌道を変化させながらジョージへと迫る。しかし、ジョージはまるで最初からわかっていたかのように変化する軌道に動じず、右に転がることで避けた。
操作魔術、それは人の心を操る特殊魔術の一つだ。
才能をこそ重視する特殊魔術でも異質な人心を掌握する魔術。しかし、それにも欠点はある。そもそもジョージは戦闘に特化していない。操作魔術と言えど、敵意を持つ相手の心を操るのは至難の業だ。集団の意識を操るのこそが彼の本領だ。現に、これほど慌てているのに野次馬どころか街の警備隊すら来ないのは、彼が人々の意識から無意識に自分達のことを除外しているからである。
表層の意識を操るのではなく、読み取りながら戦闘に活かしてはいるが、そもそもの肉体的スペックが違うのだ。
わかっていても避けられないのだから、勝ちようがない。
「これで終わりだなァ!」
体勢がくずれたジョージにアイシャはナイフを振り下ろす。軌道も速度も全て彼にはお見通しだった。そして、その攻撃が今の自分では避けられないことも。
「ここで終わりなのかよ……」
ジョージの顔に浮かぶのは、諦観だった。
ガキィン! その時、決して肉を切り裂く音ではありえない音が、辺りに響いた。
「間に合った? 間に合ったよね? ねえねえシズカ、これってナイスタイミングってやつだよね! だよね!」
「間に合った」
アイシャのナイフは、乱入者の少年――シルバによって止められた。
「くッ――誰だよテメェら!」
「炎たち、舞って」
途端、シズカが取り出した数珠が炎に変わり、アイシャを襲う。
数多に迫る炎弾をアイシャは悉く避ける。けれど、大きく三人に距離を開ける形になってしまった。
「誰って、僕はシルバだよ。シルバ。良い名前でしょ」
「名前を聞いてるわけじゃねェ! 一体何者かって聞いてんだよ!」
「何者って何かな? シルバじゃ駄目なの? ねえシズカ、駄目なの?」
きょとんとした顔でシルバは横のシズカに振り返った。
そんなシルバにアイシャは一言。
「駄目」
「た、助かった。よくここが分かったな」
満身創痍のジョージが息も絶え絶えで問う。
それに答えたのはやたらと元気なシルバだ。
「簡単だよ。なんか大きな声が聞こえたからさ。すっごく、響いてたんだよ」
「サルーニャは?」
一人冷静なシズカはいるはずのもう一人の存在について尋ねた。
「少し遠いな。俺が操作魔術であいつらの所も人が来ないようにしてはいるが、正直範囲ギリギリだな」
なんでもないようにジョージは言う。しかし、それは並大抵のことではない。大勢の意識操作に特化した彼だからこそできる離れ業である。
「オイオイオイ……いきなり現れたと思ったら、このオレを無視かよ。いいぜェ、そんなにあの世に逝きたいって言うんならよォオ! すぐに送ってやるぜェ!」
アイシャはナイフを構えた。
いつでも襲い掛れるように低い姿勢で、猛獣のように狙いを定める。
「ハハ! この状況でも強気とはな。どう考えても形勢逆転だろ。まるで死にたがりだな」
呆れるジョージの袖をシズカが引っ張った。
「時間」
「マジかよ……ここから逆転劇に映る場面じゃないのかよ! 普通!」
「ぶぶう。時間切れだって! 時間を掛けちゃ駄目って言われたじゃん! ね、シズカ。そうだよね」
ドン! アイシャが地を蹴り、三人へと迫る。
ただ地を蹴るという動作だけで地が抉れ、まるで大砲のような速度へと一瞬で至る。
「死ねェ!」
「残念」
シズカから大量の数珠が放たれた。
「ッ――」
生物としての本能的。自分の身へと迫る危機を察知したアイシャは意思とは別にその歩みを止める。
間を置かず、シュウと数珠から煙が勢いよく立ち込める。
それは瞬時に辺りを覆いつくし、アイシャの視界を奪った。同時に三人の気配が消える。
思わずアイシャから舌打ちが洩れる。
「逃がしたか」




