第11話
「私のことがわからない?」
そう問うサルーニャの声音には落胆や失望などは無い。
ただ事実を確認する無機質な声はそれ故にただならぬ憎悪や怨嗟をレイスに感じさせた。例えるならば、負の感情が発する熱を外にではなく内へ。ただの玉鋼でしかなかった自分を刀に、より自分の目標を達成しやすい形に最適化したような。
そのような恐怖を内抱していた。
「私は変ってしまったわ。もうあの人に会う資格は私にはない。だけど、例え全てを失ったとしても、全てが変ってしまったとしても、私はお前を倒せればそれでいい。他にはもう何もいらないわ!」
途轍もない威圧感がサルーニャから放たれる。
それは生物としての『格』、サルーニャが生きた時間の濃密さ――レイスへの恨み。
だが、それは遮られた。
「待て待て。あまり暴走するなよ」
目線をレイスたちに合わせたまま、サルーニャの前に、丁度レイスを挟んで中間にジョージは立った。
「あくまで冷静にな。素早く丁寧に手際よく、だ」
だが、それを快く思わない人物がいる。
アイシャだ。
「オイオイ、何いってやがんだ。自殺願望者かよ! オレらが誰だが知ってて来たんだろ? ならよォ……その命は此処で捨てて行くって事なんだよなァ? オレとしちゃあよォ、分かりやすくて好きだぜ、そォいうヤツはよォ!」
ナイフを弄びながらアイシャは言う。
親に遊びをせがむ子猫のように、これから起こる惨劇の予感に、アイシャは目を輝かせた。
「お前たちは誰だ?」
戦闘態勢を整えながらレイスは聞く。
腰に巻き付けてあった袋から柔軟性を極限まで追求した金属を取り出し、まっすぐに伸ばす。そうした瞬間、金属は一瞬軽い光を帯び、次には仕込み刀へと変っていた。
通常はあまり強度を期待できない仕込み刀だが、魔術加工を施されたその刀は通常の刀をも超える強度を実現していた。
レイスはファルシールを庇い、その背に隠す。
「その娘が誰なのか俺たちは知らない。聞かされてないだけかもしれんがな。そして、今はあまり知る必要も感じてはいない。だがな、そうまでして護られると利用してみたくなるもんだな」
「ヒッ……!」
ファルシールはか細い悲鳴を上げた。
それに対し、レイスは自分の迂闊さを呪いたい気分だった。
護衛という初めての任務を受けたことで、どんな敵が来てもそれは護衛対象を殺す為にやってきた相手だと勝手に思い込んでしまった。
経験の差、それをレイスは痛感する。
殺すと言う行為とは間逆の護ると言う行為。その目的意識の差。
護衛に必要なのは圧倒的戦闘力ではい。護衛対象を危険な場所に近づけない危機察知能力と事が起こってからどうやって護衛対象を逃がすことができるかの補助能力。いくら圧倒的な戦闘力があったとしても隙を付かれれば意味はないし、何よりもその戦闘力の余波で護衛対象が死んでしまうことも考えられる。
そうレイスは思い知らされた。
「あは、そう慌てるな。伝説の『クルエル』ともあろう者が情けない」
レイスの失態を嘲笑いながら、ジョージは言う。
「さっき、俺達の事を誰なのかと聞いたよな? 俺達は君らのように一国に拘っているわけじゃない。大陸全土を手中に収めんとその腕を伸ばす戦闘集団。奪うも殺すも何でも金次第で行う俺たちを、周りは畏怖を込めてこう言う」
そして、ジョージは口にした。
重々しく、威厳を込めて、その名を。
「『パラスト』とな」
「『パラスト』だと……。大陸の野犬が一体誰に雇われて俺達を」
裏のなんでも屋――『パラスト』。
最強の殺し屋集団『クルエル』に勝るとも劣らない悪名を世に轟かす最低最悪の屑達。否、『クルエル』がエルメール王国で仕事を専門に行っている事を考えると、『クルエル』より上の影響力を持っていると言った方が正しい。
「残念だが、俺は君のように幹部ではないんだ。この度我々はエルメール王国にも支部を置くことになってね。少数精鋭で乗り込んできたその支部隊って事だ。箔を付けるためにお前らを倒してもよかったんだが、幸運な事に依頼が入った」
自身に満ちた態度でジョージは言った。
最強の殺し屋集団を相手に、まるで家畜を相手にするような気軽さで。倒すことは難しいことではない、と自信を持って言い放ったのだ。
そして、そんな挑発を受けては黙ってはいられない者がいる。
それは――アイシャだ。
「知らねェよ。御託はそれで終ェかよッ!」
柄にもなくジョージの話を聞いていたアイシャが耐えきれずに叫ぶ。。
「関係ねェんだよ。お前たちが何処の誰であろうと。たとえ上等な思想や大儀があろうが、何もなかろうが! オレには関係ねェ。当り前だろ? これから死ぬ人間に気ィ使う必要なんてねェんだからなァ!」
ジョージに向かいアイシャは歩き出した。
それはまるで近所を散歩するような気軽さで、一直線に。
「噂に違わぬ狂人ぶりだね」
対すジョージも待ち合わせで相対した男女のように、アイシャを迎える。
二人の距離が縮まり、成人の歩幅で約三歩の位置。
その位置で、アイシャの姿がまるで煙のように掻き消えた。
人の認識を超えた静から動への急加速。一瞬でジョージの視覚外へと移動したアイシャが死角となった背後からナイフによる刺突を繰り出す。
常人なら何が起こったのか判断がつかないままに殺されてしまうその刺突に対し、ジョージはそれを見ることさえ必要としなかった。
ジョージはまるでナイフが最初から何処に来るかわかっていたかのように、首を捻ってアイシャの刺突をかわした。
「技術は素晴らしいけど、そんな丸見えの心じゃいつまでたっても俺には当たらないぞ」
「チィ! うるせェ。さっさと死にやがれ!」
それは舞のように美しく洗練された動きだった。
ナイフが、蹴りが、拳が、一つ一つが必殺の威力を持って多方面から浴びせられた。
だが、当たらない。
当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。
上から、下から、横から、斜めから、顔面を狙い、側頭部を狙い、頸動脈を狙い、人中穴を狙い、眼球を狙い、心臓を、肋骨を、肝臓を、みぞおちを、手首を、膝を、腿を、股間を。人間のあらゆる部位、特に急所と呼ばれる部分を狙い、放たれるアイシャの攻撃はジョージの髪を靡かせ、服をはためかせる。
しかし、それだけだ。
「いつまでやるつもりだ? いい加減気付けよ」
ジョージは不敵な笑みを浮かべた。
それはそのままアイシャに対しての嘲弄であり、彼女はその意味が分かっていた。分かってしまうからこそ、熱くなる自分を止められない。止めようとしない。
だからこそ、アイシャは嗤う。
嘲弄にはさらなる嘲弄を、暴力にはそれを上回るさらなる暴力を以て返す。それこそがアイシャの流儀だからだ。
「お前は絶対にここで殺すッ! 無様に醜く! 部位ごとに別けて犬の餌にでもしてやらァアアアア!」
いきなり戦いに突入した二人を尻目に、レイスはファルシールに目配せして建物の影に下がらせた。
そして、サルーニャはそれを止める動きを見せなかった。
「(人質など無くてもいけるという余裕があるのか、それとも卑怯な真似を嫌う主義なのか。しかし、今はそれに甘えるしかない)」
レイスは思考しながら、周りの静かさが気になった。
辺りに人影はない。
火柱を避け、街外に避難したのではない。まるでこの区画だけ住民ですら認識できていないように、視界にすら入らず通りすぎたのだ。
「(結界魔術か……? でもそれだと不可解な点がある。結界魔術なのに入ってこれている。つまり、別の魔術……?)」
「そろそろいいかしら?」
余裕の表情でサルーニャは言った。
そしてそれに呼応するようにレイスは刀を構える。
細く、頼りなく見えるが魔術による加工を施された特注品であるソレを。
「そう」
サルーニャの皮膚が泡立つように揺れた。
それに合わせ、ゴキゴキバキバキ! と骨が折れる音と共にサルーニャの体が変化する。
まず、骨が肥大化を始めた。
少女だった筈の体が『異形』へと内面から作り替えられていく。
次に動物のようなしなやかで脂肪の薄い筋肉で覆われ、より速さを求めるために手が発達し、それに合わせ足が縮む。
人間が窮屈に動物の真似をしているのではない。元からそれが自然であるかのような四足歩行の姿勢。
それは巨大な犬のような『異形』だった。
空気自体を視覚化できるならば、あの異形の周りは濃密な死の色で埋め尽くされていただろう。
ただそこに在るだけで、相手に死を想像させる。
レイスは手にある刀で自分の首を掻き切る自分を想像した。その刀であれば柔らかい人肉など容易く、それこそ何の感触さえ、死んだことさえ判らぬままに首を切断し、自分の命を絶ち切ることができるだろう。
そして、その方がマシだとさえ思えた。
あの異形により蹂躙されるのならば、自分で命を絶ったほうがマシだと思ったのだ。
嫌、そう思わされたのだ。
「お前、堕落者か」
レイスは掠れる声でそう呟いた。
呪われし者の名を。
悪魔にその魂を売り、生物の枠すら超えた圧倒的な力を得た者。大陸最大宗教シスンマにもその名が登場する悪役の代名詞にして世界の敵。
「俺と同じ……ッ!」
レイスは言葉を最後まで発することはできなかった。
それは自分の腹部を貫く異形の手と、それによって起こった衝撃によって止められた。近くの露店を破壊し、さらには建物の外壁すら突き破ってやっとその体は解放された。
「フン!」
サルーニャの手を振り、腕の血を飛す。
そこには、腹に大きな穴を開け、まるで死体のように床に転がるレイスの姿があった。




