第10話
突如出現した天を衝く火柱に街は一時、騒然とした。
その火柱は周りの屋敷をも根こそぎ焼き、辺りを地獄へと変えながらその範囲を拡大させていく。
迫り来る大質量を持つ火の塊は人々に恐怖と言う名の絶望を与えるには十分だった。
「オイオイ、すげえな。こりゃあ」
我先にと逃げ出す住民達を見下しながら、ジョージはこの街で一際高い塔の屋上にいた。
住民達が放つ悲鳴はまるで突風のようにジョージたちにも届く。
「シズカの奴……これはちょっとやり過ぎじゃないのか……?」
シズカが『クルエル』のアジト襲撃用に用意した最高級の魔石を用意したのはジョージだった。
中には彼らが『ボス』と仰ぐ人物の魔術を多種多様に、中でも爆発の魔術を詰めた魔石は特別なもので、正真正銘、彼らの切り札の一つだ。
戦略級魔術とは本来それほどのものだ。
「でも爆発魔術というよりは火の魔術に見える気がするのだけれど」
ジョージから遅れて屋上までやって来たサルーニャが言った。
爆発魔術と火の魔術は混同されがちだが、二つには根本的な違いがある。
爆発魔術は炎の発生時間が極端に短い。
爆発とは気体が急激な熱膨張を起こすことを言う。確かに、その過程で周りの物が燃焼することはある。
しかし、一定時間に亘り火柱が燃え続けることなどありえない。
「シズカは結界魔術師だ。その道では天才と言っていいほどの、な。アイツは凝縮した魔術を組み合わせることで無限と言っていい程に多様な魔術を操る。他の魔術師には決してできない芸当だ」
例えば、水と風の両方の魔術が扱えるとしよう。水の魔術で無から水を生成し、その水の周囲を風の魔術で温度を下げ、新たに氷という物体を魔術で作りだす。
二つの魔術を同時に行う事が出来れば、組み合わせて別の魔術を行使することは可能だ。
理論上は実現できるだろう。
しかし、魔力は決して分割出来るものではないし、そもそも魔術一つ扱うにも様々な技術を行う必要がある。それは左右の手足四つで同時に別の動作をするようなものだ。
自分の上限が一だとしたら、一しかできないのが魔術師だ。
けれど、シズカは自分自身が零である代わりに一を組み合わせ、二にも三にもすることが出来る。
自分一人では力を持たず、けれど他人の力を最大限に利用する。
だからこその『天才』、だからこその『異端』。
「予定とは若干変ったが、これはチャンスだ」
「チャンス? こんな面倒くさい状況でどうやって残りを探すって言うのよ。一人一人虱潰しに探すつもり? 私はいやよ」
髪と同色である白亜のようなワンピースを暑さで胸元をパタパタさせながらサルーニャは苦情を呈す。
「そんな真似は俺もしたくはないさ。だが、こんなに街が一つの意思に支配されていると、俺なりのアプローチってヤツが可能になる」
ジョージは両手を上げ、そしてまるで指揮者のようにその両手を前後左右上下に激しく動かした。
規則性があるように収束するかと思えば、ふとした拍子にまるで不規則に変化する。
「魔術……? でもジョージの魔術は探知に向いてなかった筈だけど」
「普段は出来ない。けどな、この状況ならそれは一変する」
ジョージの手がピタリと止まった。
指揮者の余韻を楽しむようにそして集中するように目をつぶった。
数瞬の間と共に目を開けたジョージは、
「いたな。街の一体意識と明らかに違う意識で動いてるヤツが二百人前後。その殆どが位置的に警備隊か領地兵の連中だろう。だが、違う意思で動いてるヤツが三人」
ジョージは目線を市街地に向ける。
「本当にいるのね?」
「行けばわかるさ。行くぞ!」
ジョージの視線には、遠く市街地に立つ黒髪の少年と二人の少女を捉えていた。
レイスとファルシールとアイシャの三人は買い物を早々に切り上げ、近くの少し高級な喫茶店にいた。
買い物で買い込んだ沢山の衣服はレイスが遠隔伝達術式で呼び出したアカシアの部下達が撤収してくれた後である。レイス直々の部下に頼むという手もあるのだが、彼の部下は此処にいるアイシャ、それと老人のポルトだけ、そして二人ともそんな些事を引き受けてくれる相手ではなかった。
昼下がりの街並みを眺め、少し遅めの朝食を取り終えた丁度その時。
『それ』は起こった。
ボウ! という轟音が衝撃波を伴いながら喫茶店の窓を激しく揺らした。
それから連続的にバチバチと物が燃える音がなり、強烈なまでの煙による刺激臭が最後に店を、嫌、この街を包みこむように広がっていく。
「ッ――!」
レイスは素早く懐から取り出したハンカチをファルシールの口に当てつつ、三人は急いで道に跳び出し、状況を確認しようと周囲に目を凝らす。
そして、茫然とした。
天を衝く火柱もそうだが、何よりその火が一体どこで燃え上がっているのか、それがわかったからだ。
レイスはスーっと血の気が引くのを自覚し、アイシャは思わず茫然とする意識をなんとか維持するので精一杯だった。唯一、まだ街の地理を理解していないファルシールだけは、口に当てられたハンカチの強さに息苦しそうにモフモフと言っているだけである。
「オイオイ、一体……どうなってやがるんだ……?」
そのアイシャの問いに、答える声はない。
レイスは何か情報を掴もうと脳をフル回転させていたし、ファルシールもアイシャのその問いを満たすような解を用意できていなかった。
「チィッ! レイス! どうする? 急いでもどるか」
腰に手を回したアイシャは顔を顰めた。
そこにある筈の愛刀を置いてきたことに気付いて、
「ナイフしか持ち合わせがねェ。クゥ、油断した。まさか、この街でかよッ……!」
「待て、行くな!」
武器を手に今すぐにでもアジトに向かいそうなアイシャをレイスは制した。
「なんでだよッ! 今ならまだ犯人をぶっ殺せるかもしれねェだろッ! 今を逃したら一から探さなくちゃいけなくなる。すぐにでも行くべきだろ!」
「俺たちは護衛をしているんだ。ファルシールを危険な目に逢わせるわけにはいかない。これはサムエルの――団長の命令だ!」
「だけどッ!」
「それに、仲間を信じろ。あそこは幹部クラスしか出入りできない場所だ。あそこにいるような人たちは殺しても死にはしない」
まるで自分にも言い聞かせるように力強くレイスは言った。
「す、すいません」
申し訳なさそうに服の裾を両手で掴みつつ、ファルシールは言った。
責任を感じているのだろう――その顔は暗い。
「わ、私のせいで……こんな!」
「ファルシールが責任を感じるようなことじゃない。俺たちはプロだ。仕事を請け負った以上、責任は全て俺たちにある。俺たちがマヌケだったんだ。まさかアジトのあるこの街で、そのアジトを狙われるなんて」
レイスは強く、血が滲む程に拳を握りしめる。しかし、そう悔しさにも浸ってはいられない。
時間を浪費すれば状況は悪化するばかりだからだ。
「まずはこの街を出るべきだ。一旦距離を取って俺が遠隔伝達術式で他の幹部と連絡を取る」
「だけど何処から逃げる? 東西南北四つの出口があるじゃねェか」
この街――シシリスは中央にそびえるシスンマの大聖堂を層ごとに円で囲むように出来ている。そしてそれを四分割するように大きな通りがあり、そのままその大通りが外に通じる出口になっている。
「次の場所を決めとかねェと出口も決められねェよ」
「それは……」
言い淀むレイスに対し、応じる声はまったく別方向から発せられた。
「いやいや、その必要はないぞ。クルエルさん。全く以てその必要はない。なぜなら、アンタたちは今、ここで死ぬからだ」
全身黒尽くめの男は、後ろに対象的な純白で染め上げられたかのような少女を従え、そう言い放った。
「長かったわ。長かったわよ、レイス」
ジョージの背後から、まるで年に一度の逢瀬を待ちわびる織姫のように情熱的に、狂わしいほどの憎悪を込めて、サルーニャは言う。
「約束通り殺しにきたわよ」




