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勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第一章 勇者

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06、クッキー


放課後の教室に、柔らかな夕日が差し込んでいた。


窓から吹き込んだ風が、机の上のプリントを一枚だけめくる。


教室に残っているのは、二人。


窓際の席に座るシトと、その前に立つセシリアだった。


「ねえ、シト。見てよ、これ!」


セシリアが机の上に紙袋を置く。


袋の口を開けると、中から小さな箱が顔を出した。


「じゃーん!」


「……クッキー?」


「そう!」


セシリアは胸を張った。


「今朝、騎士団の調理場を借りて焼いてみたの。シト、甘いもの好きでしょ?」


「うん」


「だから、一番上手にできたやつを持ってきてあげたんだからね」


そう言って、一枚を摘まみ上げる。


少しだけ形の崩れた星型だった。


シトはそれを受け取ると、しばらく眺めた。


「……星?」


「星!」


「なるほど」


「その間はなに!?」


セシリアが頬を膨らませる。


シトは小さく笑い、クッキーを口に入れた。


「……おいしい」


「本当?」


「うん。外はサクサクで、中はちゃんと柔らかい」


「でしょ?」


セシリアの顔がぱっと明るくなる。


「私、剣だけじゃなくてお菓子作りもできるんだから!」


「それはすごいね」


「もっと褒めてもいいよ?」


「じゃあ――」


シトが少し考える。


「将来は菓子職人かな」


「勇者は!?」


「そっちも兼業で」


「兼勇者ってなに!?」


セシリアが机を叩く。


シトは肩を揺らして笑った。


「ふふっ」


「もう……!」


セシリアはそっぽを向いた。


けれど、口元は緩んでいる。


しばらくして、セシリアが窓の外を眺めながら言った。


「ねえ、シト」


「ん?」


「今度の休みさ」


彼女は振り返った。


「街に新しくできたカフェ、行ってみない?」


「カフェ?」


「うん。イチゴのタルトがすっごくおいしいんだって」


セシリアが両手を胸の前で合わせる。


「一緒に行こうよ」


シトは一瞬だけ黙った。


それから、いつもの笑顔を浮かべる。


「……いいよ」


「ほんと!?」


「ああ」


「約束だからね!」


セシリアが小指を差し出した。


シトはそれを見て、少しだけ目を細める。


「子供みたいだね」


「いいから!」


「はいはい」


シトも小指を絡めた。


「約束」


「うん!」


セシリアが笑う。


その笑顔を、シトは黙って見つめていた。


「……シト?」


「なんでもないよ」


「またぼーっとしてた」


セシリアが顔を覗き込む。


距離が近い。


シトは一歩だけ後ろへ下がった。


「セシリアの顔を見てた」


「え?」


「可愛いなって」


「――っ!」


セシリアの頬が一気に赤くなる。


「そ、そういうこと平気で言うの禁止!」


「本当のことなのに」


「禁止!」


「分かった」


シトは笑った。


セシリアは顔を隠すように銀髪を前へ流す。


「……もう」


やがて夕日が傾き、教室の床を長い影が横切った。


「そろそろ帰ろうか」


「うん」


セシリアが紙袋を閉じる。


そのとき。


シトの手が、制服のポケットへ入った。


指先に触れたのは、冷たい金属。


黒く濁った魔剣の欠片だった。


「……」


シトはそれを握り込む。


掌に赤い筋が浮かぶ。


「シト?」


「ううん」


手を離す。


何事もなかったように、彼は笑った。


「帰ろう、セシリア」


「うん!」


二人は並んで教室を出ていく。


廊下に響く二人分の足音。


やがて、セシリアの声が遠ざかる。


「ねえ、タルト二つ食べてもいい?」


「一つまで」


「なんで!?」


「夕飯が食べられなくなるから」


「じゃあ三つ!」


「増えてるよ」


笑い声が廊下の向こうへ消えていく。


教室に残ったシトは、足を止めた。


ゆっくりとポケットから魔剣の欠片を取り出す。


黒い表面が、夕日の中で不気味に揺らめいた。


シトはそれを見つめる。


そして――強く握り締めた。


「……まだだ」


窓の外。


太陽が沈んでいく。


シトは黒い欠片をポケットへ戻し、誰もいない廊下へ歩き出した。


その口元から、さっきまで浮かんでいた笑みだけが消えていた。

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