40、帰還
大聖堂に、金色の紙吹雪が舞っていた。
赤い絨毯が敷かれた中央通路の両脇には、王国の高官や貴族、騎士たちが並んでいる。
「セシリア様!」
「人類の英雄だ!」
「我が国の救世主よ!」
割れんばかりの歓声が響き渡る。
その中央を、セシリアは一人で歩いていた。
魔王城から戻ってきたばかりの身体には、まだ戦いの疲労が残っている。
それでも、足は止まらない。
壇上には国王が立っていた。
金色の冠を頭に乗せ、満足そうな笑みを浮かべている。
「勇敢なる勇者セシリアよ!」
国王が両手を広げた。
「お前は身を挺して我が国最大の脅威を打ち倒した! その功績は永遠に語り継がれるだろう!」
拍手が起こる。
「お前には王国最高位の爵位を与える!」
さらに歓声が膨れ上がった。
「そして今後も、栄誉ある勇者として――」
セシリアは動かなかった。
ただ、国王を見ていた。
その碧い瞳には、以前のような戸惑いも怯えもない。
冷たい。
ただ、それだけだった。
「……セシリア?」
国王が首を傾げる。
「どうした。早くひざまずき、褒美を受け取るのだ」
返事はない。
セシリアは一歩、前へ出た。
カツン。
靴音が大聖堂に響く。
もう一歩。
カツン。
歓声が少しずつ小さくなっていく。
貴族たちが顔を見合わせた。
セシリアは国王の目の前まで歩き、そこで足を止めた。
「……こんなものに」
静かな声だった。
「何の価値があるというのですか」
「……なんだと?」
国王の眉が動く。
セシリアは視線を逸らさなかった。
「あなたが隠し続けた呪いのシステムも」
一言ずつ、噛みしめるように言葉を重ねる。
「私たちを、使い捨ての道具としか見ていないことも」
大聖堂から音が消えていく。
「全部、知っています」
国王の顔から笑みが消えた。
「お前……一体、何を――」
「魔王を討ち取ったあと、私は次の魔王になる」
セシリアの声は震えなかった。
「だから、その場で自決しろ。そう命令したことも」
誰かが息を呑んだ。
国王の顔が引きつる。
「それは……」
「全部、分かっています」
セシリアは聖剣へ手を伸ばした。
けれど、その剣を誇らしげに掲げることはしない。
「英雄の栄誉なんて、いりません」
「セシリア!」
「王国の地位も」
彼女はゆっくりと国王から視線を外した。
「あなた方から与えられる褒美も、全部いりません」
その言葉に、騎士たちがざわめく。
それでもセシリアは振り返らない。
「私を縛るものなど、この国にはもう何一つありません」
「待て!」
国王が声を荒らげた。
「止まれ、セシリア! それは反逆だぞ!」
セシリアの足は止まらなかった。
大聖堂の扉へ向かい、そのまま重い扉を押し開ける。
冷たい風が吹き込んだ。
銀色の髪が大きく舞う。
背後では、まだ国王が何か叫んでいる。
けれど、もう振り返らなかった。
大聖堂を出る。
王都を抜ける。
城門を越える。
そして、荒野へ続く街道を歩き始めた。
手には何もない。
国王から与えられるはずだった爵位も、栄誉もない。
ただ、胸の奥には一つだけ残っていた。
シトが命を懸けて守った世界。
シトが血を流してまで残してくれたもの。
それだけだった。
セシリアは前を向いた。
もう、誰かに決められた「勇者」として歩く必要はない。
彼の愛と真実を胸に抱えたまま、自分自身の足で歩いていく。
荒野を渡る風が、長い銀髪を揺らした。
セシリアは一人、街道の先へ進んでいった。
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