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勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第三章 決戦

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37/42

37、魔王

玉座の間に、二人の殺気がぶつかり合う。


 大理石の床が震え、壁に飾られた燭台が小さく揺れた。


 セシリアは聖剣を構えた。


 銀色の光をまとった刃が、まっすぐ魔王へ向けられる。


「……っ」


 一歩。


 踏み込んだ瞬間、足元の床が砕けた。


 次の瞬間には、セシリアの姿が魔王の目の前まで迫っている。


 速い。


 これまでの戦いで積み重ねてきたすべてを、一撃に込めた突進だった。


 聖剣の切っ先が、魔王の胸へ伸びる。


 だが――。


 魔王は黒い魔剣を手放した。


 カラン、と乾いた音が玉座の間に響く。


 黒い剣が床を転がっていく。


 それだけではない。


 魔王は防御魔法を使わなかった。


 避けようともしなかった。


 両腕を広げたまま、その場に立っている。


「……?」


 セシリアの足は止まらない。


 もう、目の前まで来ている。


 聖剣の切っ先が黒い甲冑へ触れた。


 抵抗はなかった。


 純銀の刃が甲冑を貫き、そのまま胸の奥へと沈んでいく。


 肉を、骨を断つ気持ち悪い感触が、セシリアの両腕に伝わった。


「――っ!」


 足が止まる。


 剣を握る手が震えた。


 目の前の魔王は倒れなかった。


 それどころか。


 大きく広げていた両腕を、ゆっくりとセシリアの背中へ回した。


 抱きしめられた。


 敵に。


 殺し合っていたはずの魔王に。


「なに……して……」


 その瞬間だった。


 魔王の顔を覆っていた仮面に、亀裂が走った。


 ピシッ。


 小さな音。


 続いて、亀裂が一気に広がっていく。


 パリンッ!


 仮面が砕け、床へ落ちた。


 セシリアは息を止めた。


 見えた顔。


 黒い髪。


 見慣れた顔。


 いつも教室で笑っていた少年。


 自分がずっと待ち続けていた人。


「……シト?」


 魔王の口元から血が流れた。


 それでも、その瞳だけは穏やかだった。


 かつてと同じだった。


「……よく頑張ったね、セシリア」


 かすれた声。


「もう……泣かなくていいんだよ……」


 聖剣を握る手から力が抜ける。


 セシリアの目が大きく開かれた。


「……嘘」


 声が震えた。


「嘘……だよね?」


 返事はない。


 胸に突き刺さった聖剣から、赤い血が流れている。


 セシリアの手も、腕も、白い衣装も、みるみる赤く染まっていく。


「シト……?」


 膝から力が抜けた。


 倒れそうになる身体を、シトの腕が支える。


「どうして……」


 セシリアは目の前の顔を見つめた。


 何度見ても同じだった。


 魔王の顔ではない。


 あの日まで、自分の隣にいたシトだ。


「どうして、あなたが……」


 答えを求めても、シトは何も言わない。


 ただ、かすかに笑っている。


「……よく、頑張ったね」


 同じ言葉を、もう一度。


 その声が、玉座の間に消えていく。


「いや……」


 セシリアの指が震えた。


「いやだ……」


 聖剣を抜くことすらできない。


 目の前の現実を否定するように、首を何度も横へ振る。


「シトじゃない……。こんなの、シトじゃない……」


 けれど、腕に触れている身体は確かにシトだった。


 自分が知っている温度だった。


 そして、その温度が少しずつ失われていく。


「……シト」


 セシリアは震える腕で、その身体を抱きしめた。


「お願い……」


 返事はない。


「私を置いていかないで……」


 シトの身体が、ゆっくりと傾く。


 セシリアは慌てて支えた。


「シト!」


 しかし、その身体にもう力は残っていなかった。


 腕が落ちる。


 頭がセシリアの肩へ預けられる。


 そして――。


 シトの瞳から、静かに光が消えた。


「……シト?」


 玉座の間に、セシリアの声だけが響いた。


 返事はなかった。

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