35、決戦
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重厚な黒鉄の扉が、低い音を響かせながら開いていく。
ギィィ……。
セシリアは足を止めなかった。
扉の向こうに広がっていたのは、光の届かない巨大な玉座の間。
天井は遥か高く、闇に沈んでいる。
冷たい空気の中には、血と死の臭いが混じっていた。
足元には、折れた剣。
砕けた盾。
乾いた血痕。
何人もの人間がここまで辿り着き、そして戻れなかったのだろう。
セシリアはそれらを一瞥しただけで、さらに奥へ進んだ。
カツン。
小さな足音が、広間の中へ消えていく。
やがて、その視線の先に巨大な玉座が見えた。
黒い大理石の階段。
その最上段に――男が座っている。
漆黒の鎧。
顔を覆い隠す無機質な仮面。
その隙間から覗く双眸には、温度というものが一切なかった。
魔王。
世界を恐怖に陥れてきた、すべての元凶。
魔王がゆっくりと立ち上がった。
瞬間。
――ズンッ!
空気そのものが、押し潰された。
セシリアの肩に凄まじい重圧が叩きつけられる。
息が詰まる。
膝が沈みそうになる。
普通の人間なら、それだけで立っていられない。
それでも。
「……っ」
セシリアは奥歯を噛み締めた。
一歩も退かない。
額を汗が伝う。
それを拭うことすらしなかった。
両手で聖剣を握り直す。
すると、剣身が淡い銀色の光を放った。
かつては、どれだけ願っても応えてくれなかった聖剣。
今は違う。
セシリアの手の中で、鋭い光が脈打っている。
「……やっと、ここまで来た」
小さく呟く。
そして、魔王を睨みつけた。
もう怖くない。
いや――怖くても、止まるつもりはなかった。
この男を倒す。
それが終わったら、自分の命も終わらせる。
それだけを胸に刻み、ここまで来た。
魔王が右手を上げる。
空間が歪み、漆黒の剣がその手に現れた。
「よくぞたどり着いた、勇者セシリア」
低い声が、広間に響く。
「その愚かな足掻きの結末を――その身で味わうがいい」
セシリアは答えなかった。
ただ、聖剣を構える。
魔王も黒い剣を構えた。
二人の間に、張り詰めた沈黙が落ちる。
そして――。
――バキィッ!
床が砕けた。
二人の姿が同時に消える。
次の瞬間。
中央で、黒い剣と白い剣が激突した。
――ガァンッ!!
凄まじい衝撃が玉座の間を揺らす。
セシリアは踏み込む。
魔王も踏み込む。
互いの刃が幾度も交差し、火花が闇の中を走った。
「……っ!」
速い。
目で追うだけでは足りない。
それでもセシリアは退かなかった。
剣を受け、流し、踏み込む。
魔王の刃が頬を掠める。
赤い線が走った。
それでも止まらない。
「はぁっ!」
セシリアが聖剣を振り抜く。
魔王は身を捻ってかわした。
そのまま距離が開く。
静寂。
互いに相手を見据える。
セシリアは荒い息を整えながら、聖剣を握り直した。
ここで終わらせる。
その瞬間。
魔王の仮面の奥で、双眸が細められた。
「……まだ、そんな目をするか」
セシリアの眉が動く。
「何?」
「仲間を守れなかったくせに」
空気が止まった。
「お前のせいで死んだ者たちのことを、忘れたのか?」
セシリアの手が、僅かに震えた。
脳裏に浮かぶ。
倒れていった仲間たち。
聞こえてくる悲鳴。
届かなかった手。
「……黙れ」
「図星か?」
魔王は嗤った。
「学園で誰かに縋り、温もりを求めていたお前が、何を守れる?」
その名前が出た瞬間。
「……シト」
セシリアの唇が震える。
脳裏に浮かんだのは、優しい笑顔。
大きな手。
自分を「勇者」ではなく、ただの少女として見てくれた少年。
セシリアは目を閉じた。
そして――開く。
「……違う」
声は震えていなかった。
「私がここまで来られたのは、誰かに甘えていたからじゃない」
聖剣を握る手に力が入る。
「私自身が、ここまで歩いてきたからよ」
魔王が黙る。
セシリアは一歩、前へ出た。
「だから――」
その瞳から、迷いが消える。
「あなたを倒す」
魔王は剣を構え直した。
「……ならば来い」
次の瞬間。
二人の姿が再び消えた。
轟音が玉座の間を揺らす。
そして――。
最後の一撃を決めるため、セシリアは聖剣を握り締め、魔王へ向かって一直線に駆け出した。




