34、国王との会話(回想)
――あの日のことを、セシリアは今でも覚えている。
王城の地下。
窓のない部屋には、いくつもの燭台が並んでいた。
炎が揺れるたび、石壁に映った影がゆっくりと形を変える。
セシリアはその部屋の中央で、ひとりの男と向かい合っていた。
「セシリア」
呼ばれて、彼女は顔を上げる。
机の向こうにいるのは、この国の王だった。
「お前に、伝えておくことがある」
「……はい」
王は書類から視線を上げない。
その態度が、妙に気になった。
まるで、これから告げることが自分の人生とは関係のない話だとでもいうように。
「お前は、聖剣についてどこまで知っている?」
「魔王を倒すための剣……です」
「違う」
即答だった。
セシリアの指が、わずかに震える。
「聖剣は、魔王を倒すためだけに存在するものではない」
王は一枚の書類を机の上へ置いた。
「勇者が魔王を討ったとき、その勇者が聖剣を完全に解放していなければ――
次の魔王になる」
「……え?」
聞き間違いかと思った。
セシリアは瞬きをする。
「もう一度……お願いします」
「お前は魔王を倒したあと、次の魔王になる」
今度は、はっきり聞こえた。
部屋の中が急に狭くなった気がした。
「そんな……」
「事実だ」
「でも、私は……」
「勇者だからこそ、だ」
王の声には迷いがない。
「魔王を倒した勇者が、そのまま強大な力を持って生き続ければどうなる?」
「……」
「魔王以上の力を持つ者が、国家の支配から外れる。それは王国にとって脅威だ」
セシリアは唇を噛んだ。
今まで信じていたものが、少しずつ形を失っていく。
魔王を倒す。
人々を救う。
仲間と生きて帰る。
そのために剣を握ってきた。
怖かった。
何度も逃げたかった。
それでも、勇者だからと自分に言い聞かせてきた。
なのに。
「つまり……私は」
声が震えた。
「魔王を倒したあと、魔王になるんですか?」
「そうだ」
「だったら……そのあと、どうするんですか?」
王は静かに答えた。
「死ね」
「……」
「魔王を討った直後、自ら命を絶て」
セシリアの呼吸が止まった。
何も言えない。
王は淡々と続ける。
「次の魔王による被害を防ぐためだ。お前がすべき最後の仕事だ」
最後の仕事。
その言葉だけが、頭の中を何度も回った。
仲間たちは何のために死んだ?
自分は何のために戦った?
全部、魔王を倒したあとに自分も死ぬためだったのか。
握りしめた拳に、爪が食い込む。
「……私が生きていたら」
ぽつりと声が漏れた。
「誰かが傷つくんですね」
「そういうことだ」
「……分かりました」
セシリアは顔を上げた。
目元には涙が浮かんでいた。
けれど、それを拭おうとはしなかった。
「私が、終わらせます」
王は何も答えなかった。
それだけだった。
少女ひとりの人生が終わると決まったのに。
国王は、ただ書類を閉じただけだった。
――そして今。
セシリアは魔王城にいる。
目の前には、巨大な黒鉄の扉。
この先に、魔王がいる。
ここまで来る途中、何度も足が止まりそうになった。
それでも戻らなかった。
聖剣を握る。
冷たい感触が掌に伝わってくる。
「……行こう」
誰に言うでもなく、セシリアは呟いた。
扉の向こうには魔王がいる。
倒すべき敵がいる。
そして、その先には――自分自身の死が待っている。
それでも。
セシリアは剣を手に、扉へ歩み寄った。
もう、迷わない。
彼女はゆっくりと手を伸ばした。
変更後です




