33、魔王城へ
王都を抜けた。
そこから先に広がっていたのは、草木の一本すらまともに生えていない荒野だった。
風が吹くたび、黒い砂が舞い上がる。
遠くには、空を突き刺すような黒い城が見えていた。
魔王城。
セシリアは足を止めることなく、その城を見つめる。
「……あそこにいるんだ」
握っていた聖剣に、少しだけ力が入った。
その瞬間だった。
――ズズッ。
地面の下から、何かを引きずるような音が響いた。
セシリアが視線を落とす。
黒い霧の向こう。
赤い光が、次々と浮かび上がっていく。
「……来る」
次の瞬間。
地面を砕きながら、巨大な魔物が飛び出した。
全身を黒い甲殻で覆った異形。
その後ろからも、同じ姿をした魔物たちが次々と姿を現す。
数える気にもならない。
群れが、一斉にセシリアへ向かってきた。
「…………」
セシリアは聖剣を構えた。
以前なら、足が動かなかった。
剣を握る手が震え、息が苦しくなっていた。
逃げたい。
誰かに助けてほしい。
そんな言葉が、頭の中を埋め尽くしていた。
けれど。
今は違う。
セシリアは、ゆっくりと息を吐いた。
「来て」
一体目が跳んだ。
巨大な爪が、頭上から振り下ろされる。
セシリアは一歩だけ横へ動いた。
爪が地面をえぐる。
その隙間へ身体を滑り込ませる。
「――そこ」
聖剣が閃いた。
硬い甲殻をものともせず、魔物の身体が斜めに裂ける。
倒れるより早く、次の魔物が襲いかかってきた。
セシリアは振り返らない。
気配だけを読む。
右。
背後。
左。
そして正面。
四体。
「遅い」
身体を沈める。
頭上を爪が通り過ぎる。
そのまま一歩踏み込み、聖剣を振り抜いた。
また一体。
さらに一体。
魔物の群れが、少しずつ崩れていく。
セシリアは止まらなかった。
剣を振る。
避ける。
踏み込む。
斬る。
ただ、それだけを繰り返す。
やがて最後の一体が地面へ倒れた。
荒野に、静けさが戻る。
セシリアは聖剣についた血を振り払った。
「…………」
その目は、もう魔物ではなく。
ずっと遠くにある黒い城を見ていた。
「シト……」
小さく名前を呼ぶ。
返事はない。
それでもセシリアは歩き出した。
魔王城へ。
その姿を、城の尖塔から見つめている者がいた。
シトだった。
黒い外套を風になびかせながら、彼は黙って荒野を見下ろしている。
「…………」
先ほどまでの戦い。
そのすべてを見ていた。
動きに無駄がない。
魔物の攻撃を恐れていない。
そして何より――迷っていない。
「強くなったな」
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
昔のセシリアなら、ここまで来ることすらできなかっただろう。
剣を握ることに怯え、敵を前にすれば立ち尽くしていた。
そんな少女が。
今では、魔王城を目の前にしても一歩も引かない。
「……これでいい」
シトはそう呟いた。
だが、その声はどこか弱かった。
彼女が強くなった。
それは、シトが望んでいたことだった。
けれど。
強くなるために、彼女がどれだけのものを失ったのか。
それを知っているのも、シトだった。
尖塔の上で、シトは目を閉じる。
「セシリア……」
その名を呼んでから、しばらく黙った。
やがて、彼は背を向ける。
もう見る必要はない。
彼女はここまで来た。
あとは――。
魔王として、迎え撃つだけだ。
一方。
荒野を進むセシリアは、決して振り返らなかった。
目の前には、巨大な門。
その向こうに、魔王がいる。
聖剣を握り直す。
「待ってて」
小さく呟く。
「今度こそ……終わらせるから」
黒い門が、目の前にそびえている。
セシリアはその門へ向かって歩いた。
一歩。
また一歩。
やがて、その姿は巨大な城門の影へと消えていった。
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