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勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第二章 魔王

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30/42

30、決心


 夜は静かだった。


 窓の隙間から入り込んだ風が、カーテンを大きく揺らしている。


 セシリアはベッドの端に座ったまま、膝の上に置いた聖剣を見つめていた。


 銀色の刃。


 これまで何度も握ってきた剣なのに、今夜は妙に重かった。


 セシリアは柄を握り直す。


「…………」


 目を閉じる。


 瞼の裏に浮かんだのは、シトの顔だった。


 優しい声。


 自分を包んでくれた腕。


 何も言えずに泣いていた夜。


 あの温もりに触れている間だけは、何も考えなくてよかった。


 けれど。


 セシリアは目を開いた。


 部屋には誰もいない。


「……シト」


 名前を呼んでも、返事はない。


 当然だった。


 ここにいるのは自分だけだ。


 セシリアは俯いた。


 聖剣の柄に、ぽたりと涙が落ちる。


「……ずっと、逃げてた」


 震える指先を、もう片方の手で押さえる。


「怖かったから」


 聖剣を握る。


「魔王と戦うのも」


 もう一度、力を込める。


「誰かを失うのも」


 唇を噛む。


「……一人になるのも」


 ぽろり。


 また涙が落ちた。


 けれど、セシリアは拭かなかった。


 代わりに、まっすぐ前を見た。


「でも……」


 ゆっくりと立ち上がる。


「誰かに守ってもらってるだけじゃ、何も変わらない」


 窓の外。


 遠くの街には、まだ明かりが残っていた。


 眠っている人。


 家族と食卓を囲む人。


 明日の朝を待っている人。


 その全部を、魔王は壊そうとしている。


「私が何もしなかったら……」


 セシリアは聖剣を胸元まで持ち上げた。


「この人たちは、どうなるの?」


 答えは返ってこない。


 だからこそ、自分で決めるしかなかった。


 セシリアは涙を手の甲で拭った。


「……もう、頼らない」


 一瞬だけ、声が震える。


 それでも。


「シトにも」


 聖剣を握る手に力が入る。


「誰にも」


 銀色の刃が、淡く光った。


 セシリアは目を見開く。


「……え?」


 剣から伝わってくる感触が、今までとは違っていた。


 冷たい。


 けれど、不思議と嫌ではない。


 まるで。


 こちらの意志を確かめるように、静かにそこにある。


 セシリアは一度だけ息を吸った。


 そして――。


「私が、魔王を倒す」


 言葉にした瞬間、剣身の光が強くなった。


 部屋の壁が、淡い銀色に染まる。


 セシリアは目を逸らさなかった。


「私が勇者だからじゃない」


 一歩。


 床を踏みしめる。


「世界にそう言われたからでもない」


 もう一歩。


 窓辺まで歩き、夜空を見上げる。


「私が……そうしたいから」


 風が吹いた。


 長い髪が舞う。


 涙の跡が残った頬を、夜風が冷たく撫でていく。


 それでも、セシリアは聖剣を離さなかった。


「怖いよ」


 小さく笑う。


「今だって、怖い」


 それでも。


 足は止まらない。


「でも……行かなきゃ」


 セシリアは部屋の扉へ向き直った。


 手を伸ばす。


 扉に触れる直前、一度だけ振り返った。


 誰もいない部屋。


 かつてなら、ここで誰かを待っていた。


 けれど今は違う。


「……行ってくるね」


 返事の代わりに、聖剣が淡く輝いた。


 セシリアは扉を開けた。


 廊下の先には、夜の闇が続いている。


 その先にいるのは――魔王。


 逃げることはできない。


 だから。


 セシリアは一歩を踏み出した。


 今度は、誰かに背中を押されるためではない。


 自分の足で。


 自分の意志で。


 勇者としてではなく――。


 一人の少女、セシリアとして。


 魔王との戦いへ向かうために。

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