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勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第二章 魔王

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29/42

29、聖剣解放


 王国南方。


 幾重もの城壁と魔導障壁に守られた、王国最大の防衛拠点。


 その遥か上空に、一人の少年が浮かんでいた。


 黒い外套が夜風にはためく。


 シトは、眼下の要塞を黙って見下ろしていた。


「…………」


 右手をゆっくりと上げる。


 その瞬間だった。


 空気が震えた。


 風が止まり、夜空そのものが軋む。


 シトの指先へ、周囲の魔力が吸い寄せられていく。


 やがて数え切れないほどの魔力が一点へと集まり、夜空に小さな光が生まれた。


 それは、あまりにも静かな光だった。


「……無に帰せ」


 シトが呟く。


 次の瞬間――。


 閃光が走った。


 音よりも速く、光が要塞へ突き刺さる。


 轟音が届いたのは、その後だった。


 ズドォォォォンッ!!


 巨大な城壁が消えた。


 兵舎も。


 鋼鉄の門も。


 その周囲にいた兵士たちも。


 すべてが光の中へ呑み込まれていく。


 そして、そこには何も残らなかった。


 ただ巨大な穴だけが、大地にぽっかりと口を開けている。


 白い煙が立ち上る。


 シトは、その光景をじっと見つめていた。


 やがて、焼け焦げた大地の上から淡い光がいくつも浮かび上がる。


 魂の残滓。


 それらは夜空へ昇ることなく、シトの掌へ吸い込まれていった。


「…………」


 握った拳が、ほんの少しだけ震える。


 それでも、シトは顔を上げた。


「これで……また一つ」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 そして黒い外套を翻し、夜の闇へ消えていった。


 ――同じ頃。


 王都。


 静かな部屋の中で、セシリアは椅子から立ち上がった。


「……っ」


 背中を走った悪寒に、思わず肩を抱く。


「今の……何?」


 窓の外を見る。


 何もない。


 いつもの夜だった。


 けれど――。


 部屋の隅に置かれていた聖剣が、突然震え始めた。


 カタカタ。


 カタカタカタ。


「……聖剣?」


 セシリアが近づく。


 今まで淡い光を宿していた刀身が、異様な色に染まっていた。


「なに、これ……」


 一歩。


 また一歩。


 近づくほど、胸が締めつけられる。


 聖剣から放たれている魔力は、これまでとは明らかに違っていた。


 まるで――何かを求めている。


「……誰かを、探してるの?」


 セシリアは手を伸ばした。


 指先が柄に触れる。


「――っ!」


 頭の中へ、鋭い痛みが走った。


 反射的に手を離しかける。


 けれど。


「……離さない」


 震える指で、もう一度柄を握る。


「怖い……けど」


 歯を食いしばる。


 聖剣は、なおも脈動していた。


「魔王は、今もどこかで戦ってる」


 セシリアは窓の外へ目を向けた。


 何も見えない。


 それでも、遠くで何かが起きた。


 そんな気がしてならなかった。


「私が何もできないままじゃ……駄目」


 剣を握る手に力を込める。


「もう、逃げない」


 震えていた声が、少しずつ強くなる。


「どんなに怖くても」


 聖剣を両手で握り直す。


「この剣が私を拒んでも……」


 セシリアは一度、目を閉じた。


 そして――。


 ゆっくりと開く。


「私は、私のやるべきことをする」


 カチリ。


 聖剣が小さく鳴った。


「……え?」


 刀身から、今までとは違う光が漏れ始める。


 セシリアは目を見開いた。


「これ……」


 剣を見つめる。


 その光は、以前の優しい輝きではなかった。


 鋭く。


 強く。


 まるで持ち主の覚悟を試すように、静かに輝いている。


 セシリアは柄を握り直した。


「だったら……来て」


 窓の外から、冷たい夜風が吹き込んだ。


 銀色の髪が大きく揺れる。


「私と一緒に、戦って」


 聖剣の光が、一段と強くなる。


 セシリアは剣を胸元へ引き寄せた。


 もう手は震えていなかった。


「……私は、勇者だから」


 誰もいない部屋に、その声だけが響く。


 少女は聖剣を握ったまま、暗い夜空を見つめていた。


 その瞳に、もう逃げるための光はない。


 ただ――。


 自分の足で前へ進もうとする、小さな決意だけが残っていた。

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