↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第二章 魔王

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/42

27、涙


 放課後の教室には、誰もいなかった。


 窓の外では、夕日がゆっくりと沈んでいる。


 セシリアは机に向かったまま、動かなかった。


 目の前には開いたノート。


 右手にはペン。


 けれど、何度書こうとしても、文字はうまく形にならない。


「……っ」


 指先が震えた。


 ペン先が紙の上を滑り、線が大きく曲がる。


 セシリアは慌てて手を止めた。


「……もう一回」


 握り直す。


 今度こそ、とペンを走らせる。


 けれど――。


 また、文字が歪んだ。


「…………」


 セシリアはしばらくノートを見つめた。


 そして、そっとペンを置いた。


 身体中が痛い。


 最近は戦いばかりだった。


 傷が治りきる前に、また戦場へ向かう。


 周囲から向けられる期待も、日に日に重くなっていく。


 勇者だから。


 世界を救う存在だから。


 強くなければならない。


 負けてはいけない。


 誰かを守らなければならない。


 そんな言葉が、頭の中を何度も何度も巡っていた。


「……大丈夫」


 誰もいない教室で、セシリアは小さく呟いた。


「私は……大丈夫だから」


 返事はない。


 当然だった。


 ここには誰もいない。


 セシリアは両手を膝の上に置いた。


 震えを止めようと、ぎゅっと握りしめる。


「大丈夫……」


 もう一度。


「大丈夫だから……」


 その声が、少しだけ震えた。


 その時だった。


 カチャリ。


 扉が開いた。


「……セシリア?」


「――っ!」


 セシリアの肩が跳ねた。


 振り向く。


 そこに立っていたのは、シトだった。


「シ、シト……?」


「まだ残ってたんだね」


 いつもと変わらない声。


 いつもと変わらない顔。


 シトは教室の中へ入ると、机の上に置かれた資料を手に取った。


 けれど。


 ちらり。


 その視線が、セシリアへ向く。


「……どうしたの?」


「え?」


「顔色、悪いよ」


「そ、そうかな?」


 セシリアは笑った。


 口元だけを、無理やり持ち上げる。


「ちょっと疲れてるだけ。大丈夫」


「本当に?」


「うん」


 シトは黙った。


 セシリアも黙る。


 静かな部室に、時計の音だけが響いた。


 カチ。


 カチ。


 セシリアは俯いた。


「……大丈夫だから」


 今度は、さっきより小さな声だった。


 シトがゆっくり近づいてくる。


「セシリア」


「……なに?」


「無理しなくていいよ」


「……」


 その一言で。


 セシリアの目が揺れた。


「……無理なんて、してないよ」


「そっか」


「うん」


「じゃあ――」


 シトはセシリアの隣に立った。


「少しくらい、休んでもいいんじゃないかな」


「…………」


 セシリアは俯いたまま、唇を噛んだ。


「……休んだら」


 声が震える。


「休んだら……みんなが死んじゃうかもしれない」


 シトの表情がわずかに変わった。


「私がもっと強くならないと……」


「……うん」


「私が守らないと……」


「うん」


「だから……」


 ぽたっ。


 ノートの上に、一滴の雫が落ちた。


「……あ」


 セシリアが目を見開く。


 慌てて袖で拭う。


「ご、ごめん。今の……違うから」


 もう一滴。


「違う……」


 さらに一滴。


「私……泣いてなんか……」


「セシリア」


「……っ」


 シトは何も言わなかった。


 ただ、セシリアの前に立つ。


 そして。


 そっと、その身体を抱きしめた。


「……え?」


 セシリアの身体が固まる。


「シ、シト……?」


 返事はない。


 代わりに、背中をゆっくり撫でる手があった。


 その温もりに触れた瞬間。


「……っ」


 セシリアの指が、シトの制服を掴んだ。


「……う……」


 声が漏れる。


「……うぅ……」


 もう、止められなかった。


 セシリアはシトの胸元に顔を埋めた。


 両手で制服を握りしめる。


「……怖い」


 小さな声だった。


「うん」


「私……怖いよ……」


 シトは何も言わず、背中を撫で続ける。


「また……誰か死んだら……」


「……うん」


「私が……守れなかったら……」


「うん」


「私……勇者なのに……」


 声が震える。


「全然、強くない……」


 セシリアの肩が大きく揺れた。


「私……誰も守れない……」


 シトの制服に涙が染みていく。


「……情けないよ……」


「そんなことないよ」


「あるよ……!」


 セシリアが顔を上げた。


 涙で濡れた瞳が、シトを見つめる。


「だって……怖いんだもん……!」


 握った拳が震えている。


「戦うのも怖い……誰かが死ぬのも怖い……私まで死ぬのも怖い……!」


 声が途切れる。


「なのに……みんな私を勇者って呼ぶ……」


「……」


「強くなれって……世界を救えって……」


 また涙が落ちる。


「私……どうしたらいいの……?」


 シトはセシリアの頭に手を置いた。


「大丈夫だよ」


「……本当に?」


「うん」


「……私が、こんなに弱くても?」


「それでも」


 シトは静かに答えた。


「僕はセシリアの味方だよ」


「……シト」


「世界中が君を責めても」


 その手が、もう一度セシリアの頭を撫でる。


「僕だけは、君の味方だから」


「…………」


「だから今くらい、泣いていい」


 セシリアは何も言わなかった。


 ただ、もう一度シトの胸元に顔を埋めた。


「……うん」


 小さく頷く。


「……ごめん」


「謝らなくていいよ」


「……ありがとう」


「うん」


 夕暮れの部室に、セシリアの泣き声だけが響いていた。


 しばらくして。


 その声は、少しずつ小さくなっていった。


 セシリアは目を閉じたまま、シトの服を握っている。


 その手は、まだ離れない。


「……シト」


「なに?」


「……ずっと、そばにいてね」


「……ああ」


 シトは微笑んだ。


「ずっと、そばにいるよ」


 窓の外では、夕日が沈んでいく。


 そして二人のいる教室室もまた、ゆっくりと夜の色に染まっていった。

変更後です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。