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勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第二章 魔王

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25/42

25、弱さ


 月明かりさえ届かない森の奥。


 湿った泥の上に、セシリアは膝をついていた。


「……はぁ……はぁ……」


 息を吸うたび、胸の奥が焼けるように痛む。


 握りしめた剣の柄には、手のひらから流れた血がべったりと付いていた。


 立たなければ。


 そう思っているのに、足に力が入らない。


 そのときだった。


 ――ザッ。


 枯れ葉を踏む音がした。


 セシリアが顔を上げる。


「……誰?」


 暗闇の向こうから、一人の騎士が姿を現した。


「セシリア……!」


「ルカ……?」


 ボロボロになった鎧。


 肩で荒く息をしながら、それでもルカは剣を構えた。


「逃げろ……!」


「え……?」


「こいつは……俺たちじゃ勝てない!」


 ルカの声が震えている。


 それでも、セシリアの前から退こうとはしなかった。


「早く行け!」


「でも……!」


「いいから!」


 その瞬間。


 森の空気が、凍った。


「……っ」


 セシリアが息を呑む。


 ルカの背後。


 そこに、いつの間にか男が立っていた。


 魔王。


「ルカ!」


 セシリアが叫ぶ。


 だが――遅かった。


 黒い刃が、一閃する。


 ガキンッ!


 ルカの剣が真っ二つに折れた。


「な――」


 次の瞬間、漆黒の刃が鎧を貫いた。


「が……っ!」


 ルカの身体が大きく揺れる。


 口元から血がこぼれた。


「ルカァッ!」


 セシリアが地面を這うように駆け寄る。


 その身体を抱き起こす。


「ねえ……ルカ……!」


 返事がない。


「嘘……でしょ……?」


 肩を揺する。


「起きてよ……!」


 それでも、ルカは動かなかった。


 セシリアの指先から力が抜ける。


「また……」


 声が震えた。


「また……私のせいで……」


 背後から足音が近づいてくる。


 魔王だった。


 セシリアはゆっくり振り返る。


 魔王は倒れたルカを一瞥し、それからセシリアを見る。


「お前は弱い」


「……」


「その弱さが、目の前の男を殺した」


 セシリアの唇が震える。


「違う……」


「違わない」


 魔王は淡々と言った。


「お前が守れないから死ぬ。お前が未熟だから失う」


「……やめて」


「お前が変わらない限り――」


 黒い瞳が、セシリアを射抜く。


「お前の後ろにいる者は、すべて私が殺す」


「……っ!」


 セシリアは両手を握りしめた。


 爪が手のひらに食い込む。


 痛い。


 けれど、それ以上に胸の奥が痛かった。


 目の前にいるルカ。


 そして、これまで自分を支えてくれた人たち。


 その中には――シトもいる。


 いつも優しかった。


 何度失敗しても、何度怖がっても、シトは自分を責めなかった。


 だから。


「……甘えてた」


 セシリアが呟く。


 魔王は何も言わない。


「私……ずっと、誰かに守ってもらおうとしてた」


 セシリアは俯いた。


 そして、地面に手をつく。


「怖かったから……」


 ふらつきながら、立ち上がる。


「失敗するのが怖かったから……」


 一歩。


「誰かが死ぬのが怖かったから……」


 もう一歩。


 血に濡れた剣を拾い上げる。


「誰かが……私を守ってくれると思ってた」


 セシリアは剣を握り直した。


 震えている。


 それでも、手放さない。


「でも……それじゃ駄目なんだ」


 顔を上げる。


「私が弱いから、誰かが死ぬなら――」


 涙を拭う。


「私が強くなる」


 魔王は黙って見つめている。


「もう、誰かのせいにしない」


 セシリアは剣を構えた。


「私が守る」


 声は震えていた。


 それでも、今度は目を逸らさなかった。


「この世界も……私の大切な人たちも」


 魔王はしばらくセシリアを見つめていた。


 やがて、背を向ける。


「……ならば、強くなれ」


「……!」


「その覚悟が本物ならな」


 魔王の姿が闇に溶けていく。


「待って……!」


 セシリアが叫ぶ。


 だが、もう返事はなかった。


 森に静寂が戻る。


 セシリアは一人、立っていた。


 足元には、ルカの折れた剣。


 手には、血に濡れた自分の剣。


 セシリアは折れた剣を拾い上げ、胸元へ抱き寄せる。


「……ごめん」


 小さく呟いた。


 そして――。


「ありがとう」


 ゆっくりと顔を上げる。


 夜の森の向こう。


 まだ見えない明日を睨むように、セシリアは剣を握り直した。


「もう……誰も死なせない」


 その言葉だけが、暗い森に残った。

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