24、再びの対決
月明かりさえ届かない。
崩れた石壁に囲まれた廃墟の広場で、セシリアは剣を構えていた。
風が吹く。
舞い上がった砂埃が、足元を白く染めていく。
「……来る」
セシリアが呟いた、その瞬間だった。
目の前の空間が――歪んだ。
「……っ!」
次の瞬間。
漆黒の衣をまとった魔王が、そこに立っていた。
いつ現れたのか。
まるで最初から、そこにいたかのように。
セシリアは剣を握り直す。
手のひらに食い込む柄の感触。
冷たい。
それでも、手を離さない。
魔王が右手を動かした。
ほんのわずか。
それだけだった。
空気が震える。
青白い光が一瞬だけ走った。
「――!」
魔王の姿が消えた。
セシリアは反射的に身を沈める。
ヒュンッ!
頭上を風が切り裂いた。
「そこっ!」
振り向きざま、剣を後ろへ突き出す。
だが、何もいない。
「……また……!」
気配が次々と移動する。
魔王の姿を目で追えない。
そのたびに、セシリアの頬を冷たい風が撫でていく。
そして――。
カチッ。
小さな音がした。
「……?」
セシリアが周囲を見回す。
何もない。
だが、空気がおかしい。
魔力の流れが、一か所だけ乱れている。
「……そこ」
目を細める。
見えない。
それでも、確かに何かがある。
魔王は空中を跳ねるように移動しながら、指先を軽く弾いていた。
そのたびに、周囲の空間へ魔力が固定されていく。
見えない刃。
逃げ道を塞ぐように、広場全体へ張り巡らされていた。
「……なるほど」
セシリアが小さく息を吐く。
以前なら、ここで動けなくなっていた。
見えない敵。
圧倒的な速度。
何をされているのかも分からないまま、ただ逃げるしかなかった。
けれど。
今は違う。
セシリアは剣先をゆっくり下げた。
目だけを動かす。
「……見えないなら」
一歩。
「見るんじゃなくて――」
さらに一歩。
「感じればいい!」
地面を蹴った。
セシリアの身体が一気に前へ跳ぶ。
その瞬間。
ギィンッ!
何もない空間から、魔力の刃が現れた。
「っ!」
身を捻る。
避けた。
――そう思った。
だが。
ザシュッ!
「――っ!」
肩口が裂けた。
制服が切れ、赤い血が飛ぶ。
セシリアは着地と同時に膝をついた。
「くっ……!」
肩を押さえる。
血が指の隙間から流れ落ちた。
痛い。
けれど。
剣は手放さない。
セシリアは顔を上げた。
「……分かった」
荒い息を吐きながら、周囲を見渡す。
「あなたが動く前……ほんの少しだけ、魔力が動く」
魔王は答えない。
ただ、静かに立っている。
「だったら――」
セシリアは剣を構え直した。
「次は外さない!」
殺気。
背後から迫る。
セシリアは振り向かない。
足音。
小石が跳ねる。
空気が歪む。
「そこだッ!」
身体をひねる。
剣を横薙ぎに振り抜いた。
手応え――。
ない。
「……え?」
斬ったのは、漆黒の布だけだった。
魔王はすでにそこにいない。
「しまっ――」
ドンッ!!
「がっ……!」
腹部に衝撃が叩き込まれた。
息が止まる。
身体が宙に浮いた。
「――ぁ……!」
そのまま石畳へ叩きつけられる。
ゴロゴロと転がり、崩れた壁へ背中を打ちつけた。
「……っ」
口元から血が落ちる。
腕に力を入れる。
立てない。
足が震える。
それでも――。
セシリアは剣を探した。
少し離れた場所に、剣が転がっている。
「……まだ……」
指先を伸ばす。
「まだ……終わってない……!」
剣を掴む。
柄を握りしめる。
ゆっくりと身体を起こした。
膝が震える。
肩から血が流れる。
腹部は焼けるように痛む。
それでも、セシリアは立った。
正面には魔王。
相変わらず、表情ひとつ変わらない。
セシリアは血を拭った。
そして――。
「……もう一回」
剣先を向ける。
「来て」
魔王が、わずかに目を細めた。
その瞬間。
セシリアの瞳が鋭くなる。
怖い。
逃げたい。
それでも。
剣を握った手だけは、もう震えていなかった。
魔王が一歩踏み出す。
セシリアも、一歩踏み出した。
互いの距離が縮まる。
そして――。
再び、戦いが始まった。
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