23、お祭り
秋晴れの空の下。
学園の中庭には、色とりどりの旗が並んでいた。
風が吹くたび、旗がぱたぱたと音を立てる。
焼き菓子の甘い匂い。
香ばしい肉の匂い。
どこかで煮込んでいるスープの匂い。
いつもの静かな学園とは思えないほど、あちこちから笑い声が聞こえていた。
「シト、見て!」
人混みの中から、セシリアが振り返る。
両手には小さな紙コップ。
「これ、すごく甘い匂いがするよ!」
「そんなに気になるなら、早く飲んでみれば?」
「うん!」
セシリアは嬉しそうにベンチへ戻ると、紙コップを両手で包んだ。
「……あったかい」
ふう、ふう。
何度か息を吹きかけてから、そっと口をつける。
「……!」
ぱっと目が開いた。
「おいしい」
「それはよかった」
「シトも飲む?」
「僕はいいよ」
「えー。せっかく買ったのに」
「君が飲みたそうにしていたから買ったんだよ」
「……そういうこと言うと、余計に嬉しくなるじゃない」
セシリアは紙コップを胸元へ引き寄せる。
その頬が少しだけ赤くなっていた。
「でも……こういうの、久しぶりだな」
「こういうのって?」
「何も考えずに歩いて、お祭りを見て、おいしいものを食べて……」
セシリアは周囲を見回した。
仮装した生徒。
大きな声で客を呼ぶ模擬店。
大道芸を囲む人だかり。
「ずっと、こういう時間を忘れてた気がする」
シトは答えなかった。
ただ、隣に座るセシリアを見ていた。
セシリアはもう一口飲む。
そのときだった。
「……ん?」
シトの手が伸びた。
「え?」
白い布が、セシリアの口元に触れる。
「口についてるよ」
「――っ!」
セシリアが固まった。
「……ほんと?」
「うん」
「見ないで」
「いや、もう見た後だから」
「そういうことじゃなくて!」
セシリアは慌てて布を受け取ると、自分の口元を何度も拭った。
「もう……子どもじゃないのに」
「そこは昔から変わらないね」
「変わってるよ!」
「そうかな?」
「そうだよ!」
セシリアは頬を膨らませる。
シトは小さく笑った。
その笑顔を見て、セシリアもつられるように笑う。
風が吹いた。
旗が大きく揺れる。
遠くから音楽が聞こえてきた。
「ねえ、シト」
「ん?」
「今日、楽しいね」
「……そうだね」
シトは前を向いた。
握った手が、膝の上でほんの少しだけ強くなる。
「じゃあ、次はあっちに行こうか」
「どこ?」
「ほら」
シトが指差した先には、大勢の生徒が集まっていた。
木製の舞台の上で、大道芸人が大きな箱を運んでいる。
「何か始まるみたいだ」
「行こう!」
セシリアが勢いよく立ち上がる。
そして――
「シト!」
そのまま彼の袖をつまんだ。
「早く!」
「はいはい」
シトも立ち上がる。
二人は人混みの中へ歩き出した。
セシリアは何度も振り返りながら、楽しそうに笑っている。
「ねえ、あれ何だろう!」
「さあ。近くまで行けば分かるよ」
「楽しみ!」
石畳を踏む二人の足音が重なる。
人の波に紛れながら、セシリアは笑っていた。
その隣を歩くシトも、笑っていた。
――ただ一つ。
彼だけは、その笑顔の奥にあるものを知っていた。
それでも今は、何も言わない。
「シト、置いていくよ!」
「待って。そんなに急がなくても大丈夫だよ」
「だって、いい場所なくなっちゃう!」
「はいはい」
二人の姿が、人混みの向こうへ消えていく。
秋の風が吹く。
色とりどりの旗が、青空の下で大きく揺れていた。
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