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勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第二章 魔王

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22/42

22、復讐


 夕暮れの部屋に、冷たい風が吹き込んでいた。


 窓辺に座ったセシリアは、膝を抱えたまま動かなかった。


 制服は泥だらけだった。


 袖には赤黒い染みが残っている。


 握りしめた手のひらにも、まだ血が乾いて張りついていた。


 扉が開く。


「セシリア」


 聞き慣れた声だった。


 シトが入ってくる。


 片手には湯を張った桶と、傷薬を乗せた盆。


 セシリアの姿を見た瞬間、シトの足が止まった。


「……何があったんだい?」


「…………」


「セシリア?」


 返事はない。


 シトは盆を机に置き、彼女の前まで歩いていく。


 そして、ゆっくりと膝をついた。


「その怪我……」


 セシリアの肩が小さく震えた。


「……先輩が」


「うん」


「先輩が……私の目の前で……」


 言葉が途切れる。


 唇を噛む。


 それでも堪えきれず、涙が一粒、膝の上へ落ちた。


「魔王に……殺されたの……」


「…………」


 シトは何も言わなかった。


 ただ、セシリアの隣に座る。


 次の瞬間。


 セシリアはシトの服を掴んだ。


「私……何もできなかった……!」


 声が震える。


「目の前にいたのに……! 先輩が助けてって……私、聖剣を持ってたのに……!」


「……セシリア」


「怖かった……!」


 握った服に、さらに指が食い込む。


「怖くて……動けなかった……!」


 シトは黙って、その小さな身体を抱き寄せた。


「……泣いていいよ」


「でも……」


「今は、泣いていい」


 背中をゆっくり撫でる。


 セシリアはしばらく抵抗していた。


 けれど、やがて力が抜ける。


「うっ……うぅ……」


 シトの胸元に顔を埋め、声を殺して泣き続けた。


 しばらくして、ようやく泣き声が小さくなる。


 シトは濡れた布を手に取った。


「少し顔を見せて」


「……やだ」


「どうして?」


「……ひどい顔だから」


「いつものセシリアだよ」


「……嘘」


 シトが小さく笑う。


「じゃあ、僕にはそう見えるってことで」


「……変なの」


 セシリアはほんの少しだけ顔を上げた。


 シトは頬についた泥を、布でそっと拭っていく。


「痛かったら言って」


「……うん」


 静かな時間が流れた。


 やがて、シトの手が止まる。


「セシリア」


「なに?」


「君は……魔王を許せるかい?」


 セシリアの指が止まった。


「…………」


 ゆっくりと顔を上げる。


「……許せない」


「そうだね」


「絶対に……許さない」


 声が震えている。


 それでも、今度は目を逸らさなかった。


「先輩を殺した」


「うん」


「私の大切な人を奪った」


「うん」


 シトは静かに頷く。


「だったら、その気持ちを無理に消す必要はない」


 セシリアの瞳が揺れた。


「……でも、憎んだら……私も魔王と同じにならない?」


「ならないよ」


 シトは即答した。


「大切なものを奪われた人間が、怒るのは当然だ」


「…………」


「君には、怒る理由がある」


 セシリアは自分の手を見る。


 震えている。


 何度も握っては、開く。


 そして――ぎゅっと拳を握った。


「……私、強くなりたい」


「うん」


「もう、誰かが死ぬのを見たくない」


「…………」


「もう、何もできない自分には戻りたくない」


 シトはセシリアの拳に、自分の手を重ねた。


「なら、立ち上がろう」


「……私にできるかな」


「できるよ」


「本当に?」


「ああ」


 セシリアはしばらくシトを見つめた。


 やがて、涙の跡が残る頬を手の甲で拭う。


「……魔王を倒す」


 小さな声だった。


「私が、この手で」


 シトの目がわずかに細くなる。


 けれど、その表情はすぐに穏やかなものへ戻った。


「そのために、強くなろう」


「うん」


「僕もそばにいる」


「……約束だよ」


「ああ。約束する」


 セシリアは立ち上がった。


 まだ足元はふらついている。


 それでも、今度は座り込まなかった。


 窓の外を見る。


 夕焼けは消え、街はすっかり夜に包まれていた。


 セシリアはその闇をまっすぐ見つめる。


「……魔王」


 小さく呟く。


「絶対に、負けない」


 その隣で、シトは黙って立っていた。


 優しい笑みを浮かべたまま。


 ただ、その握りしめた拳だけが――わずかに震えていた。

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