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勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第二章 魔王

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19/42

19、天災


 夜だった。


 王国北方。


 険しい山々に囲まれたその地には、王国を守るための巨大な要塞群が築かれている。


 高くそびえる城壁。


 いくつもの見張り塔。


 分厚い門と、数え切れないほどの兵士たち。


 そこは、王国でも屈指の防衛拠点だった。


「……寒いな」


 城壁の上で、ひとりの兵士が両手を擦った。


「交代まであと少しだ。もう少し我慢しろ」


「ああ。今日は特に冷える――」


 そのときだった。


 兵士が、ふと空を見上げた。


「……ん?」


 夜空に浮かんでいた星が、一つ消えた。


 また一つ。


 そして――。


「……なんだ?」


 星が消えている。


 いや。


 違う。


 星が消えたのではない。


 夜空そのものが、何かに覆われていた。


「お、おい……」


 隣にいた兵士が震える指を空へ向ける。


「空が……おかしいぞ」


 上空の空間が歪んでいた。


 まるで巨大な何かに握り潰されているかのように、夜空がぐにゃりとねじれている。


 その中心から、赤黒い光が滲み出していた。


「な……」


 誰かが息を呑む。


 次の瞬間。


 空いっぱいに、巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「――魔法陣だ!」


「こんな規模の魔法陣、見たことがないぞ!」


「警報を鳴らせ!」


 けたたましい鐘の音が、要塞中に響き渡った。


 眠っていた兵士たちが飛び起きる。


 武器を手に取り、次々と城壁へ駆け上がってくる。


「敵襲か!?」


「どこだ! 敵はどこにいる!」


「上だ!」


 叫び声が重なる。


 だが、そこに敵軍はいなかった。


 いるのは――ひとりだけ。


 巨大な魔法陣の中心。


 そこに、少年が浮かんでいた。


 漆黒の衣が、夜風に揺れている。


 黒い髪が風に流れる。


 少年は何も言わず、眼下の要塞を見下ろしていた。


「……あれは……人間なのか?」


 兵士の誰かが呟いた。


 答える者はいない。


 少年の姿を見ているだけで、喉が張り付くようだった。


 逃げろ。


 本能が、そう叫んでいる。


 けれど。


 足が動かなかった。


 少年――シトは、ゆっくりと口を開いた。


「これより、次の段階へ移行する」


 低い声だった。


 それだけだった。


 シトが右手を上げる。


 すると、空に浮かぶ巨大な魔法陣がゆっくりと回転を始めた。


 赤黒い光が一点へ集まっていく。


 空気が震えた。


 ゴゴゴゴゴ……。


 地面まで揺れ始める。


「な、なんだ……!」


「魔法障壁を展開しろ!」


「急げ!」


 兵士たちが一斉に魔法を発動する。


 幾重もの光の壁が、要塞の上空へ展開された。


「これだけ重ねれば止められる!」


「撃て!」


 誰かが叫んだ。


 しかし。


 シトはただ、右手を振り下ろした。


「――終わりだ」


 次の瞬間。


 空が、落ちた。


 巨大な光の奔流が、天から地上へ叩きつけられる。


 轟音。


 閃光。


 そして――。


 要塞が消えた。


 分厚い城壁が、まるで砂で作られた模型のように崩れ落ちる。


 兵舎が消える。


 塔が消える。


 訓練場も、門も、何もかも。


 光に触れた場所から、形を失っていく。


「う、うわあああああっ!」


 誰かの叫び声が響いた。


 それすらも、次の瞬間には光の中へ消えた。


 轟音が止む。


 風が止む。


 静寂が戻ってきた。


 そこには、もう要塞はなかった。


 巨大なすり鉢状の大地だけが残されている。


 かつて数千人の兵士が暮らしていた場所。


 王国北方を守っていた鉄壁の要塞。


 そのすべてが、一瞬で消滅していた。


 シトは空中から地上を見下ろす。


 表情は変わらない。


 ただ、静かに右手を開いた。


 淡い光が掌に灯る。


 すると。


 何もない空間から、小さな光がいくつも浮かび上がった。


 無数の光が、空へ吸い寄せられていく。


 シトはそれを黙って見つめていた。


「……これでいい」


 小さく呟く。


 最後の光が掌へ消えた。


 シトはゆっくりと背を向ける。


 漆黒の衣が、風に大きくなびいた。


 そのまま、夜の闇へ歩いていく。


 誰も追わない。


 追える者など、もう残ってはいなかった。


 少年の姿が闇へ溶けていく。


 あとに残されたのは――。


 王国北方を守っていた要塞の跡と、巨大な破壊の爪痕だけだった。

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