17、努力
――ザンッ!
剣先が、夜の空気を切り裂いた。
土の上に伸びた影が、大きく揺れる。
学園裏手。
ほとんど使われなくなった古い訓練場で、セシリアは一人、剣を握っていた。
「……っ」
息を吸う。
足を開く。
腰を落とす。
そして――振る。
ザンッ!
ザンッ!
何度も。
何度も。
冷たい夜風が頬を撫でても、セシリアは止まらなかった。
制服の裾には土がついている。
髪も乱れている。
握り締めた手のひらからは血が滲み、剣の柄を赤く染めていた。
それでも。
「……もう一回」
剣を構える。
「もう一回……!」
踏み込む。
振り下ろす。
ザンッ!
剣が地面すれすれを通り過ぎた。
勢いに身体が持っていかれ、セシリアの小さな身体がよろめく。
「きゃっ……!」
なんとか踏みとどまった。
荒い息を吐きながら、剣を見つめる。
その剣には、何の変化もない。
腰に下げられた聖剣も同じだった。
何度振っても。
何度願っても。
光ることはない。
「……どうして」
セシリアの指が、柄を強く握り直す。
「どうして、私じゃ……」
昼間。
王国の人間たちから向けられた視線が脳裏をよぎる。
勇者なのだから。
聖剣に選ばれたのだから。
魔王を倒せるはずだ。
そんな言葉ばかりだった。
けれど、自分には何もできない。
聖剣すら解放できない。
「……このままじゃ、駄目」
セシリアは俯いた。
ぎゅっ、と唇を噛む。
「シトに助けてもらってばっかりじゃ……駄目なんだ」
昨日、シトがくれた言葉を思い出す。
『その代わり、ちゃんと食べに来ること』
あの言葉は嬉しかった。
今でも、胸の奥に残っている。
だからこそ。
「……私も、強くならなきゃ」
セシリアは顔を上げた。
目元には涙が浮かんでいる。
それを乱暴に袖で拭った。
「私だって……守れるようになりたい」
もう一度、構える。
足が震えている。
腕も重い。
身体中が痛い。
それでも――。
「もっと……!」
踏み込む。
「もっと強く……!」
振る。
ザンッ!
もう一度。
ザンッ!
さらに一度。
ザンッ!
剣を振るたび、手のひらの傷が開いていく。
「……っ!」
痛みに顔を歪める。
それでも剣は離さない。
「これくらい……!」
また振る。
「これくらいで……!」
また振る。
「諦めてたまるもんか……!」
声が夜の訓練場に響いた。
返事はない。
当然だ。
ここにはセシリアしかいない。
月だけが、彼女を見下ろしていた。
何度目かも分からない素振りを終えたところで、セシリアの膝がぐらりと揺れた。
「……はぁ……はぁ……」
剣を杖代わりにして、なんとか立っている。
呼吸が苦しい。
腕が上がらない。
それでも、聖剣を見る。
やはり光っていない。
「……まだ」
セシリアは剣を持ち直した。
「まだ、足りない」
唇を噛む。
血の味がした。
「もっとやらなきゃ……」
構える。
そして――。
ザンッ!
夜が深くなる。
風が冷たくなる。
何度も転び、何度も立ち上がる。
それでもセシリアは剣を置かなかった。
やがて東の空が、ほんの少しだけ白み始める。
それでも。
最後の一振りを終えたセシリアは、荒い息を吐きながら剣を見つめていた。
聖剣は、まだ眠ったままだ。
「……明日も」
小さく呟く。
「明日も、頑張ろう」
血の滲んだ手で、柄を握り直す。
そして少女は、誰にも知られない努力を胸に抱えたまま、ゆっくりと訓練場を後にした。
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