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勇者の君へ —— 魔王になった僕が君を救う物語——  作者: R.R.
第一章 勇者

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17/42

17、努力


 ――ザンッ!


 剣先が、夜の空気を切り裂いた。


 土の上に伸びた影が、大きく揺れる。


 学園裏手。


 ほとんど使われなくなった古い訓練場で、セシリアは一人、剣を握っていた。


「……っ」


 息を吸う。


 足を開く。


 腰を落とす。


 そして――振る。


 ザンッ!


 ザンッ!


 何度も。


 何度も。


 冷たい夜風が頬を撫でても、セシリアは止まらなかった。


 制服の裾には土がついている。


 髪も乱れている。


 握り締めた手のひらからは血が滲み、剣の柄を赤く染めていた。


 それでも。


「……もう一回」


 剣を構える。


「もう一回……!」


 踏み込む。


 振り下ろす。


 ザンッ!


 剣が地面すれすれを通り過ぎた。


 勢いに身体が持っていかれ、セシリアの小さな身体がよろめく。


「きゃっ……!」


 なんとか踏みとどまった。


 荒い息を吐きながら、剣を見つめる。


 その剣には、何の変化もない。


 腰に下げられた聖剣も同じだった。


 何度振っても。


 何度願っても。


 光ることはない。


「……どうして」


 セシリアの指が、柄を強く握り直す。


「どうして、私じゃ……」


 昼間。


 王国の人間たちから向けられた視線が脳裏をよぎる。


 勇者なのだから。


 聖剣に選ばれたのだから。


 魔王を倒せるはずだ。


 そんな言葉ばかりだった。


 けれど、自分には何もできない。


 聖剣すら解放できない。


「……このままじゃ、駄目」


 セシリアは俯いた。


 ぎゅっ、と唇を噛む。


「シトに助けてもらってばっかりじゃ……駄目なんだ」


 昨日、シトがくれた言葉を思い出す。


『その代わり、ちゃんと食べに来ること』


 あの言葉は嬉しかった。


 今でも、胸の奥に残っている。


 だからこそ。


「……私も、強くならなきゃ」


 セシリアは顔を上げた。


 目元には涙が浮かんでいる。


 それを乱暴に袖で拭った。


「私だって……守れるようになりたい」


 もう一度、構える。


 足が震えている。


 腕も重い。


 身体中が痛い。


 それでも――。


「もっと……!」


 踏み込む。


「もっと強く……!」


 振る。


 ザンッ!


 もう一度。


 ザンッ!


 さらに一度。


 ザンッ!


 剣を振るたび、手のひらの傷が開いていく。


「……っ!」


 痛みに顔を歪める。


 それでも剣は離さない。


「これくらい……!」


 また振る。


「これくらいで……!」


 また振る。


「諦めてたまるもんか……!」


 声が夜の訓練場に響いた。


 返事はない。


 当然だ。


 ここにはセシリアしかいない。


 月だけが、彼女を見下ろしていた。


 何度目かも分からない素振りを終えたところで、セシリアの膝がぐらりと揺れた。


「……はぁ……はぁ……」


 剣を杖代わりにして、なんとか立っている。


 呼吸が苦しい。


 腕が上がらない。


 それでも、聖剣を見る。


 やはり光っていない。


「……まだ」


 セシリアは剣を持ち直した。


「まだ、足りない」


 唇を噛む。


 血の味がした。


「もっとやらなきゃ……」


 構える。


 そして――。


 ザンッ!


 夜が深くなる。


 風が冷たくなる。


 何度も転び、何度も立ち上がる。


 それでもセシリアは剣を置かなかった。


 やがて東の空が、ほんの少しだけ白み始める。


 それでも。


 最後の一振りを終えたセシリアは、荒い息を吐きながら剣を見つめていた。


 聖剣は、まだ眠ったままだ。


「……明日も」


 小さく呟く。


「明日も、頑張ろう」


 血の滲んだ手で、柄を握り直す。


 そして少女は、誰にも知られない努力を胸に抱えたまま、ゆっくりと訓練場を後にした。

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